5.完介の本心
「どういうこと!?連絡方法は無いんじゃなかったの!?」
「完介兄さまに『秘密裡に連絡をとる方法はないか』と聞かれたので『それはありません』とお答えしたのです。普通の文通を秘密裡の連絡とは言わないでしょう」
「え?……あ、まあ、そうだね。ええと、改めて確認するけど手紙は全部菊佳様を通すんだよね」
「ええ、お母さまから渡されます。
渡された手紙はその場で封を切って読んだ後はお母さまや私に――いる場合にはお父さまにも――見せてくださいますわ。
内容は共通の趣味である天文や植物の話で、逢引はおろか恋愛気は全くありません。
ああ、念のため言っておきますけど、封筒は三方を切って開いてます。
ですから中に秘密の通信文が、などといったことも有りえませんわね」
「そうか……じゃなくて!今更だけどいつの間に玲佳様と南山田が文通してたの?僕知らなかったんだけど!」
「なんで玲佳姉さまが文通するのに完介兄さまの許可を得なきゃなりませんの」
真理佳がギロリとその三白眼で睨んでくる。
菊佳様似の玲佳様と違って100パーセント父親似の真理佳の睨み顔は正直迫力がある。
「い、いや、そうじゃないんだけど。どうやって文通をするような仲に?さっきはそんな隙はないって話じゃなかった?」
「1人にさせないようにしたり、おかしなものを忍び込ませようとする不届きものに近寄らせないようにしたりはしてますが普通の歓談まで止めるわけないじゃないですか。家の付き合いの場なんですから。そこで趣味が合えば文通くらいするようになるでしょう」
「僕がその場に居れば!そんなことにはさせなかったのに!」
「あのですねえ。そうやって男性から手紙を受けるのにも口出しするから玲佳姉さまは完介兄さまにそういう話題を出さないようにしますし、交流の邪魔をしようとするからお母さまが完介兄さまの来ない集まりに玲佳姉さまを出席させるようにしたんですわ。自分で情報を遮断されるような真似しといて何をほざきますか」
ぐうの音も出ない。
が、これは重要な手がかりだ。
「真理佳、ちょっと確認したいんだけど、玲佳様って今もあの棚の上に文箱を置いてそこに手紙は保管してるわけ?」
「ええ、そうですが」
「真理佳って玲佳様がいない間に玲佳様の自室に入っても怒られないよね」
「そうですが、お断りしますわ」
頼む前から断られた!
「その手紙を持ってきてくれ!頼む!このとおりだ!持ち出すのは可能なんだろう!?」
「そういう問題じゃありませんわ!道徳的に考えてやっちゃいけないことでしょう!」
「今のところ手がかりがそれしかないんだよ!」
「自分が何頼んでるか分かってます!?お母さまにバレたら私は部屋で謹慎どころか即尼寺送り!完介兄さまは一生我が家には出禁ですわ!」
ちなみにこの会話、ミツに聞かれてはまずいので声をひそめて怒鳴り合っている。
「さっき言っただろう。玲佳様を、この家を守りたいんだ!」
「……完介兄さまにお伺いします」
「え?うん。何?」
真理佳の表情が変わった。
さっきまでの騒がしい感じじゃなくて、落ち着いた真剣な顔をしている。
「南山田様はどうして玲佳姉さまに近づいたのだと思いますか?」
「え?そりゃ玲佳様本人とか、お金とか地位とかじゃないの?」
「お金に関して言えば玲佳姉さまが動かせるお金などほとんどありません。結婚したところでうちは郷壱郎お兄様が継ぐのですから地位や財産目当てで婿養子入りも狙えないでしょう。そもそも南山田様ご自身が男爵家の後継で社会的にすでに成功してらっしゃいます」
確かに胡与久家は現在留学中の長男郷壱郎様が継ぐ予定なわけだし。南山田本人が自分の家を継ぐ長男だ。
「ですから何か裏の思惑があって玲佳姉さまに近づいたわけではないでしょう」
「だから?例えそうであったとしても南山田がやってることの危険性はさっき説明したと思うけど?」
真理佳がそれを理解できないとは思えない。
「一方、玲佳姉さまです。もともと明るい方でしたが、それはどちらかといえばゆったりとした穏やかな明るさでした。しかし、最近はなんといいますか、『はしゃいでる』と見受けられることが多々あります。南山田様からのお手紙を読んでいるときですとか。思い返せば南山田さまとの逢瀬のあった日も朝から楽しそうにしていた記憶があります」
僕の胸にチクリと痛みが走る。
「私は南山田様の人となりについて表向きのことしか存じません。しかし、少なくとも一部の華族子息のように女癖の悪さを自慢するような方ではないようです」
さっきから真理佳が何を言いたいのか分からない。
「以上のことを総合して考えますと、南山田様と結ばれたなら玲佳姉さまは幸福になれるでしょう」
「なっ……」
真理佳は軽く微笑んだ
「だって地位も財産もある優秀な実業家で自分を大切にしてくれる方と結婚ですよ。趣味も合うし、何より自分がその方を愛してる。これを幸福と言わずして何と?」
「いや、でも、だって」
「そんなことは自明の理でしょう。なのに何故証拠を突き付けて南山田様と玲佳姉さまを別れさせようとするのです?南山田様の行動に危なっかしいところがあるのなら、二人が結ばれるようそこを庇うのが『玲佳姉さまのため』の行動ではありませんか?」
「真理佳!」
「はっきり申し上げます」
また真理佳が表情を引き締める。
「完介兄さまはご自身が悪漢から姫を救い出す騎士のようなつもりでいるのでしょうが、客観的に見て今の兄さまは愛し合う二人を引き裂こうとする小悪党です。小説の登場人物だとすれば読者は誰一人共感しないでしょう」
真理佳の指摘に返す言葉がない。
「玲佳姉さまをはじめ私たちを守りたいというのが嘘ではないことは分かっていますわ。しかし、私に玲佳姉さまの私物まで持ち出させようというのはらしくありません。完介兄さまが今一度ご自信の心に問うて出た答えを伺いたいですわ。貴方は何がしたいのですか?」
僕は改めて自身の心に問うてみた。
そして気付いた自分の心の醜さに驚く。
できれば晒したくないが、ここで真理佳に嘘を言うことは僕にはできなかった。
「僕は……玲佳様に僕意外の誰かと結ばれてほしくない。これが僕の本心だ。『守りたい』なんて建前だった。ごめん」
「謝ることではありませんわ。それで玲佳姉さまが不幸になっても良いと?」
「そんなわけない!絶対に玲佳様を幸福にしてみせる!例え僕の行動のせいで今の玲佳様の恋が成就せず一時的に悲しませたとしても、結果僕と結ばれて幸福だったと思わせてみせる!」
自分でもひどいことを言ってると思う。だが、真理佳はいつもの僕を小ばかにするような雰囲気も無く静かに聞いている。
「想い人を幸せにしてみせるし自分も幸せになる!そのためならどんな手段でも使ってやる!……なんてね。最低なことを言ってるよね」
言うだけ言って黙り込んだ僕の前で真理佳がゆっくりと口を開く。
「最低かもしれません。でも私は完介兄さまのその主張を肯定しますわ」
「え……ええっ!?じゃ、じゃあ」
「部屋から手紙を持ち出すことなどできません」
「そうだよね……」
「でも、私に見せてくれた手紙の内容を幼馴染の完介兄さまに話したとしても玲佳姉さまは怒ったりしないでしょう」
「まあ、そうだろうけど……」
「そしてその際に誤解や間違いがないように予め手紙の内容を記した『説明メモ』を私が用意したとしても問題ないでしょう」
「『説明メモ』……ま、まあそうかな?」
「そしてその『説明メモ』がたまたま一言一句元の手紙と同じであったとしてもそういうこともあり得るでしょう。何せ内容は同じなはずなんですから。まあ、そんな偶然があったとしてお母さまならともかく玲佳姉さまが怒ることはないでしょうね。むしろ笑うでしょう」
「真理佳!?」
「何か不満でも?」
「ございません!『説明メモ』よろしくお願いします!」
その後数十回真理佳に頭を下げて胡与久邸を辞したのだった。