3.醜聞を避ける方法
「2つの不審点、ですか?」
「ああ、ちょっと待ってね」
そこで僕は鞄から小さな帳面を出して、今回の南山田の行動の不審点をまとめた頁を開く。
学校で探偵小説倶楽部に所属している僕は、自分の感じた謎や疑問点を箇条書きにまとめることを心掛けている。
そうすることで見落としなく考えを深めることができるのだ。
まあ、そう心掛けるようになった切欠は真理佳に「まずは要点を書きだしてみなさいませ」と言われたことなのだけれども。
実際そうしないと真理佳に僕の意見の問題点や矛盾点を指摘されてあっというまに討論で叩き潰されちゃうし。
「1つ目の不審点は『南山田は何故この庭に来たのか?』だ。
もともと胡与久家も南山田家も杉丸家と同じ派閥だし、事業での取引も増えていたと聞いているから南山田がこの邸を訪問するのはおかしなことじゃない。
胡与久様が庭や胡与久丘の景色を自慢に思っていることは知っている。
でも深夜じゃないとはいえ、胡与久様もあの時間に『帰り際に是非見ていきたまえ』なんて勧めないんじゃないか?
下手をすれば不審者と誤解されて騒ぎになりかねない。
月明りで明るいっていったって昼間とは違うんだ。
実際僕はあいつが本邸から漏れる光に照らされるまで誰だかわからなかったわけだし。
あの時間に家族や使用人以外が入ってきたりすることなんてあるのかい?」
僕の疑問を聞いた真理佳が「ふーむ」とうなって返答する。
「その時間帯であれば、うちの親族の方やお父様と特に親しい方々などは本館でのお父様とのご用が終わった帰り際にフラリと庭に来られることはありますわ。
本館でそういった方々との酒宴の際などにも酔い覚ましにここで休憩を取られるのもよくあることです。
南山田様が昨日本館に来られたことはたまたま今日の朝食の席でお父様が話していたので、完介兄さまのお話を聞いたときにもそれほど不思議に思わなかったのですが。
しかし南山田様がそこまで当家やお父様に近しい方か、と問われると微妙なところですわね。
完介兄さまが不審な点と言うのも一応理解しましたわ」
とやや消極的ながら真理佳が僕の意見に賛意を示してくれる。
「まあ、これだけなら南山田が帰りがけにただ庭を見に来たという可能性はゼロではないと思う。
でも、次に挙げる点でその可能性はほぼ無くなるんだ。
2つ目の不審点は『玲佳様はなぜあのタイミングで庭に出てきたのか?』だ」
「恋しく想う方が庭にみえたからでしょう?」
「理由は問題じゃない。タイミングが問題なんだ」
「タイミングが何か?南山田様が庭に現れたのを見……え?あ!鎧戸!」
「そう、あの時玲佳様の部屋の窓の鎧戸は閉じていた。庭に誰か来たなんて見えるわけない」
「その時間なら玲佳姉さまは自室で勉強なり読書なりしてますわね。所用で廊下に出たとしても庭は見えませんし」
基本的に南側に部屋があって北側に廊下が通っている造りなので廊下の窓は庭に面していない。
「玲佳様は南山田が庭に現れてすぐに出てきた。自室はもちろん二階から降りてきたタイミングじゃない。おそらく勝手口に近い第二客間あたりで照明を点けずに外をうかがっていたんだ。」
「なるほど。だから部屋の窓の鎧戸が閉じられているのにそのタイミングで出ることができたと。確かに玲佳姉さま達の逢瀬は偶然によるものではなさそうですわね」
今度は真理佳もはっきりと賛同してくれた。
「となるとこれは『男爵家の跡取り息子が婚約者でもない成人前の令嬢を夜に呼び出して密会している』ことになる。世間に知れたら間違いなく醜聞だ」
「完介兄さまの推理どおりならそうなりますわね」
「まあ、南山田が醜聞でどうなろうと僕の知ったことじゃない。でもこれが知られたら玲佳様も傷つくことになる。当然胡与久家もだ。それは避けたい」
「では、完介兄さまはどうなさるおつもりですか?」
「密会の証拠を密かに南山田に突き付けて玲佳様から手を引かせる」
若くして事業を大きくしている南山田にはやっかみからの敵も多いと聞く。醜聞は避けたいだろう。
「そこで、だ。真理佳に確認したいことがある」