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1.月夜の密会

公式企画春の推理2024参加作品

 ――大正十五年春――


 3日前の夜のことだ。

 僕、杉丸(すぎまる)完介(かんすけ)はカフェ―で大いに友人達に悩みを語り、そのために帰途についたときにはすっかり暗くなってしまっていた。

 悩みというのは恋人の玲佳(れいか)様がここしばらくどうにも僕に冷たいということだ。

 玲佳様は胡与久(こよく)子爵家の長女だ。僕より1つ上で今年17歳になる。

 杉丸伯爵家の三男である僕とは家同士の付き合いもあり、物心がついたときにはもう一緒に遊んでいた。

 なのに最近は部屋にも入れてくれなくなって胡与久邸の庭で次女の真理佳(まりか)を交えてお茶を飲むくらいだ。

 それすらもなんだかんだ理由を言って回数や時間が減らされ、僕としてはなんとも不満で仕方ない。

 そんな愚痴を友人達に聞いてもらった帰り道、満月の下を歩いていると胡与久邸の灯りが目に入った。


「玲佳様は今頃どうしているかな。まだ寝るには早い時間だと思うけど……ちょっと玲佳様の部屋を見ていくかな」


 いや、僕だって今時分には玲佳様の部屋の窓の鎧戸が閉じられて中は見えないだろうことは分かっている。

 けどその閉じられた鎧戸を見て中で玲佳様がどうしているのか想像するのもいいじゃないか。


 それにもしかしたら空気の入れ替えとかで鎧戸と窓が開いてる可能性もあるだろ?

 仮に開いてたとしても外からじゃ2階にある玲佳様の部屋がほとんど見えないだろうことも分かっている。

 けど玲佳様がちょうど窓際にいる可能性もあるだろ?

 僕は窓だけ見て帰るつもりだけどそんな偶然があったら久し振りに玲佳様の美貌を堪能しても仕方ないよね。


 そんなことを考えながら鉄柵に囲まれた胡与久邸の南側から西側へ異動する。

 玲佳様達の住む別館は当主の胡与久様が執務や商用で使用する本館とは庭を挟んで北側に建てられており、そちらに回らないと玲佳様の部屋の窓が見えないのだ。


 胡与久邸を右手に、『胡与久丘』とか『子爵様の山』などと近隣で呼ばれている丘を左手に鉄柵沿いに道を歩いていくと程なく別館がその姿を現す。

 夜とはいえ月灯りに照らされ、邸にはまだ鎧戸を閉めてない窓から漏れる灯りもあって一帯は意外と明るい。

 別館南側2階やや西寄りにある玲佳様の部屋の窓が見えるはずの位置まで来たが、高い鉄柵ごしだとよく見えないので左手の丘の急な斜面を数メートルほど上ると鉄柵の邪魔なく邸の建物や中庭が見渡せる。

 まあ、予想通りだけど窓の鎧戸はしっかり閉まっていたよ。

 それでも玲佳様は今何をしているのだろう、先の夢想のように偶然窓を開けたりしてくれないだろうかと数分ほど窓を眺めていた。

 と、突然足音が聞こえて驚く。

 目を凝らしてみると本館西側壁近くを別館側に向かって誰かが歩いていた。

 月灯りでできた本館の影の中にいたので足音が聞こえるまで気付かなかったのだ。

 胡与久様?それとも使用人の誰かだろうか?

 とにかく見つかってはまずいと思い制帽を目深に被りなおして近くの低木の陰に身を潜める。

 いや、疚しいことはしてないんだけどね。

 中学生が出歩くにはちょっと遅い時刻になっちゃってたものだからさ。

 やがて本館の影から出てその人物が月光に照らされた。


 絶対この(やしき)の住人じゃない!


 月灯りは逆光で、本館の窓から漏れる灯りも彼の背面を照らしてるだけなので細部は見えない。 

 それでもその人物が背広を着て帽子を被った長身で細身の男性であることは見てとれた。

 当主の胡与久様をはじめここにはあんな体型の男性はいない。

 まさか賊だろうか?

 いや堂々と足音立ててたわけだしそれはないか?

 すると突然別館の出入口が開いた。

 出入口といっても正面玄関ではなく西寄りの勝手口のようなところだ。

 そしてそこから出てきた人物を見て更に驚いた。


「玲佳様!?」


 大声を上げそうになるのをどうにか抑える。

 ドアを閉める際に館内からの灯りに照らされた横顔は玲佳様のものだった。

 少し距離があるが僕が玲佳様を見間違えることはないと断言できる。

 ドアを閉めて振り返ると玲佳様は男性に向かって小走りに歩を進めだした。

 男性の方も玲佳様に向かって早歩き気味に歩き出す。

 そして互いの手を取れそうなほどの距離で向き合って立ち止まると何やら挨拶を交わして会話しはじめたようだ。

 男が本館の西壁脇から、玲佳様が別館出入口から距離を詰めたので男は僕に斜めに背を向けており、玲佳様は右斜め前面を僕に向けている。

 とはいえ逆光のため玲佳様の表情まではうかがえないし、距離があって会話の内容も聞こえない。

 ただ、玲佳様の身振り手振りがいつになく大きいように思える。


 その男はいったい何者?玲佳様とどういう関係?なんでこんな時刻に二人で会ってるの?なんか二人の距離近くない?もういっそ大声出して人を呼ぶ?いやそれで玲佳様の名誉に傷がついても……

 僕が混乱しながら煩悶していると玲佳様が何か慌てたように更に大きな身振りをみせる。

 と、次の瞬間、男が玲佳様を胸に抱き留めた。


 おおおい!?人の恋人になんてことしてくれるんだ!

 と立ち上がって叫び出しそうになるのをなんとかこらえる。

 ものの10秒もしないうちに二人は離れて玲佳様が男におじぎをすると、男も帽子を取っておじぎを返す。

 その後二人は軽く手を振って踵を返し、来た道を戻っていく。

 そこで僕はふと気付いた。


 このまま見ていればあの男の顔が確認できるのではないか?


 月灯りが逆光なのは来た時と変わらないとしても、帰りは本館の窓から漏れる灯りが顔を照らすはずだ。

 おあつらえ向きに男はさっき脱いだ帽子をまだ被りなおしていない。

 灯りに近づいた男が軽く顔を上げたためその横顔がはっきりと見えた。


 あれは南山田(みなみやまだ)家の跡取りじゃないか!


 南山田衛海(えいかい)

 現南山田男爵家当主の息子で、若くして貿易商である南山田商会の東京支店を任されて商会を拡大しているやり手だとか。

 華族の交流の場でも見たことがあるので間違いない。

 確か今年で25歳になるくらいだったか。

 確かに胡与久家と事業を通した付き合いがあるのは知ってたけど……


 南山田はそのまま歩きながら帽子を被り直し闇に消えていった。


 その後遅くに帰ったのを兄に見とがめられこっぴどく叱られるのだが、玲佳様の逢引を目撃して動揺していた僕にはその説教の内容は全く頭に入らなかったのだった。


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