閑話2 結婚式当日のゴタゴタ
「ここで何をしているのですか?」
明るい茶色の髪を鬱陶しそうに前髪を書き上げながら、三十半ばのほどの男性が、金髪の男に声を掛ける。その男は煙草を咥えながら、書類を手に視線を上げ、茶髪の男性に鋭い視線を向けた。金髪の男は眉間にシワを寄せ機嫌の悪さが窺える。一般的に見た目がいいとは言えるかもしれないが、その雰囲気は裏の家業をしていそうな影をまとていた。
「ああ? ヒューゲル。見てわかんねぇのか? 俺は忙しんだよ」
男は忙しいと言葉にするように、男の執務机の上には紙の山がいくつも出来上がっていた。
「はぁ。ボス。今日は行かなくていいのですか?」
「行かねぇよ」
ボスと呼ばれた男は紫煙を吐き出し、ヒューゲルと呼んだ男性の言葉を否定する。そして、背後にある窓の外に視線を向けたが、直ぐに書類に視線を落としたのだった。
「今日は結婚式ですよ」
「それぐらい知っている」
「招待状をもらっていましたよね」
どうやら今日ある結婚式に呼ばれているようだが、ボスと呼ばれた男は行くことを拒否しているようだ。しかし、招待状を受け取っているのに、行かないとはどういうことだろうか。
「いいか? 俺みたいな脛に疵を持っている奴が行けるわけねぇだろうが」
まるで自分が行くのは場違いだといわんばかりだが、ボスと呼ばれた男の服装は上質な生地で作られた煌びやかなスーツだ。そのまま結婚式に参列しても問題ない服装ではある。
「別にファンローグ男爵として出席するのですから、気にすることではないでしょう」
男爵。男爵というには上質すぎる衣服だと思うが、結婚式に出席するつもりだったのであれば、それは納得できる。行く直前で気が変わったのだろう。
「ボス。今日は皇帝陛下と皇妃の結婚式ですよ。絶対に来るように二人から言われていたではないですか」
「ヒューゲル。いいか。このまま出席すると、これからも良いように扱き使われるのが目に見えているじゃねぇか!」
皇帝に直接声をかけてもらうことは光栄なことだと思われるが、ボスと呼ばれた男からすれば、扱き使われることと同意儀らしい。
「今更ですね。いきなり俺に帝国から出ろと言ってきて外の国を回らされた時点で振り回されていますよ」
「そうじゃなかったら、ヒューゲルが皇帝に目を付けられていただろうが」
「まぁ、リィと一緒に行動していたとバレていたらと条件がつきますね」
そしてボスは椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げる。その目は何故こんなことになってしまったのだろうという悲壮感が漂っていた。
「全部、あの悪魔が悪い」
ボスは紫煙と共に言葉を吐き出した。その言葉に呪いでもこもっていそうだ。
突然、室内が光り輝いた。いや、部屋の一部の床が円状に光りだしたのだ。
「ボス。噂をすれば、来てしまいましたよ」
「ちっ! 何しにきやがるんだ!」
ヒューゲルはそのようなことを言うから本人が来てしまったと、非難する視線をボスに向けていた。ボスは舌打ちをして、光っている床に向かって文句を口にしている。
その光っている床から、金糸の髪が舞い白いドレスをまとった小柄な女性が姿を現す。そして、金色の瞳をボスに向けて、嬉しそうに笑みを浮かべる。この世に女神が顕れたのかと言わんばかりに光を身にまとった美しい女性だった。
「ボス! 迎えに来たよ!」
残念なほど姿と態度が乖離していた。黙っていれば女神と言っても過言ではないが、口を開くと悪ガキのような印象を抱いてしまう雰囲気が出てしまっている。
「ほらほら、もうすぐ式が始まる時間だよ」
迎えに来たと言っている女性は、スキップでもするように身軽に、ボスに近づいていく。
「何しに来やがったこの悪魔が! てめぇは主役だろう! さっさと戻れ!」
ボスは執務机を叩きながら立ち上がった。
主役ということは、この女性が皇妃ということなのだろう。
「こっちに来るんじゃねぇ! さっさと魔王のところに帰りやがれ!」
ボスは虫を払うように手を振って、女性に帰るように促すが、先ほどからボスは悪魔や魔王とか不穏な言葉を口にしている。
すると、また床が光りだした。
「ああああ! 見て見ろ! てめぇが抜け出して来たから、魔王も来やがったじゃぁねぇか!」
ボスは光っている床を指しながら叫ぶ。すべては女性が悪いと。
そして、光っている床から、黒髪の背の高く大柄な男性が現れた。いや、小柄の女性の側に現れたため、余計にそう感じてしまう。
違う、そうではない。まとっている雰囲気が全てを威圧するように圧迫感があるため、その人物に畏怖を抱き、その黒髪の男性を大きく見せているようだ。
ボスは黒髪の男性が現れた姿を見て項垂れる。すべてが終ってしまったと言わんばかりだ。
「リィ。突然いなくなるってどういうことだ!」
黒髪の男性は小柄の金髪の女性に怒っていた。確かに結婚式の主役である皇妃が単独でいなくなってしまえば、騒ぎにもなるだろう。
「え? ボスを迎えに来た」
金髪の女性は項垂れているボスを指しながら言った。黒髪の男性は赤い片目で機嫌悪そうにボスを見る。いや男の赤い目は一つしかなく、右目は眼帯で覆われていた。
「卿には出席を言い渡していたはずだが?」
黒髪の男性はボスを非難するように言葉を発する。なぜ、未だにここにいるのだと。
「俺が行くようなところじゃないでしょう。ただの男爵風情が、皇帝陛下と皇妃……様の式に」
ボスは先ほどの態度とは打って変わって、丁寧な言葉を話している。皇妃の後に様をつけるのに迷ったのは、こいつに敬称は必要なのかという迷いが見て取れた。
「ボス! 私が小さい頃から世話になっているんだから、父親代わりに出てって言ったじゃない!」
「それが嫌だっていったじゃねぇか!」
ボスの丁寧語は女性の爆弾発言によって吹き飛ばされてしまった。これはボスが式の出席するのを嫌がっていたのも理解できるというものだ。皇妃の父親役で男爵風情が出るわけにはいかないと。
「ほら行くよ」
金髪の女性はボスに近づいていき、強引に手を引っ張る。しかし、ボスも頑として動こうとはしない。
「リィの頼みを聴かないってどういうことだ?」
黒髪の男性はボスの肩に手を置いて、ボスの目を覗き込むように赤い隻眼でみる。金髪の女性の頼みを聴かない奴は生きる価値など無いと言わんばかりの視線だ。
「こうやって脅してくるだろう? 俺はそんなもの柄じゃねぇって言ったにも関わらず、男爵なんて押し付けやがって!……わかったよ。行けばいいんだろう! 行けば!」
ボスはやけくそになって、叫びだした。
「時間がないから、さっさと飛ぶよ」
「もう、好きにしてくれ」
「初めから素直にリィの頼みを聴いておけば、脅すようなことはせん」
黒髪の男の言葉を最後に三人の姿は部屋から消え去っていた。
「結局こうなりますよね。悪魔と魔王の手から逃れられないという事でしょう」
ヒューゲルは誰もいなくなった部屋の中で一人苦笑いを浮かべているのだった。
こうなることは目に見えていたのだから、ぐちぐちと言い訳をしていないで行っておけば良かったのにと。
ここまで読んでいただきましてありがとうございます。
なぜ、結婚式の話ではないのか……何故でしょうね。
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