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劇場の扉を開けると、本編が始まる前の予告や劇場内での注意喚起映像が映し出されている最中で、座席のほとんどは埋まっていた。客席誘導灯の青白い光に照らされた階段を登り、目的の最後部の座席へと僕とアイナは頭を下げながら向かった。
スクリーンに映し出された映像をまじまじと見ていた佳奈は、僕たちが到着したことに気づくと、足先を引っ込めて通りやすくしてくれた。まず先にアイナが通り抜け、それに続いて僕も佳奈の足にぶつからないよう細心の注意を払い、彼女の隣に座った。
「間に合ってよかったね」
佳奈が僕に耳打ちしてきた。映像から流れてくる爆音の洪水の中でも彼女のクリアな声がはっきりと聞き取れた。
「うん……あと、これ」
僕は手に持っていた飲み物を佳奈の目の前に差し出した。
「いいの……?」
僕が首をぶんぶんと縦に振ると、
「ありがと」
佳奈が僕から飲み物を受け取り、ドリンクホルダーへとしまった。劇場内だからわずかな言葉しか交わすことができなかったけど、暗いところでの会話は秘め事を共有しているみたいでドキドキした。
劇場内がさらに暗くなり本編が始まった。アイナの方を見ると、場内にいた子供たちみたいに前のめりでスクリーンに食いついていたので、微笑ましく思った。ポップコーンを口に運ぶことは忘れていなかったけど、周りに気を遣ってゆっくりと咀嚼していた。なにわともあれ、僕もかなり楽しみにしていたのでガッツリ見ようとしたら、肘掛けに置いてあった手の甲に少しばかりの重さが加わった。その部分から伝わる温かさは、僕の内部へとじんわりと伝わってきた。隣を見ると佳奈はスクリーンをじっと見ていた。僕が手のひらを返して彼女の手を優しく握ると、佳奈は僕の方を見た。真っ暗な場内では佳奈の表情がよくわからなかった。けれど、佳奈は繋がれた手を一旦離し、一つ一つの指を絡めてがっしりと恋人繋ぎにすると、スクリーンの方を向いた。
僕もスクリーンに視線を戻した。いろいろなシーンの合間合間で、佳奈は僕の反応を伺うかのように手を強く握ったり弱く握ったりしてきた。僕も同じように返事をした。意味はわからなかったけれど、リアルタイムで映像の感想を伝え合っているみたいでワクワクした。正直なところ、手汗大丈夫かな、と、繋いでいた手が気になりすぎて内容に集中できていなかったけれども。
映像も中盤に差し掛かる頃、佳奈は僕の肩に頭を預けてきた。彼女のことだから途中で眠ったというわけではなさそうだが、多分、お昼寝中の子犬みたいな感じで安らかな顔をしているんだと思う。スマートな男だったらこういうときは肩に手を回すのだろうけど、手はホールド状態だからどうしたもんかと思い、苦肉の策で佳奈の頭の上に僕の頭を寄せた。触れ合っている部分がより増えて非常にドキドキしていたのだけど、「ねぇ、ユキト」「なに?」彼女は僕を見上げると、僕の唇にキスをした。
観客のみんなはスクリーンに夢中になっているだろうけど、僕は佳奈のシルエットに目を奪われていた。