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(お前に関係ない……か)
再度ベンチに戻った僕の頭の中は、親友の言葉で満たされていた。確かに僕は他人だ。血の繋がりだってないし、四六時中一緒に付き添っているような間柄でもない。でも、少なくとも僕たちの関係性は家族のようなもので、困ったことがあったら助け合うものだと思っていたし、今までだってそうしてきたつもりだ。もちろん、話すことができないような秘密を抱えるというのは人間として社会活動を営む上で当然の権利だと思うし、全てを打ち明けて欲しいだとかいう、そんな傲慢なことを願っているわけではない。ただ、付き合っている人を差し置いて他の人とデートするなんてことは……
(って、僕も人のことを言える立場じゃないよな……)
親友に隠れて佳奈と不義理を交わしたのも、結局のところ同じことだった。佳奈には免罪符となる理由が存在しているけれど、僕にそれはない。ただ、それを持っているからといって、何をしても問題ないのかというと、そう単純なものではない。やられたらやり返す。その理論が公に認められるならば、法律なんてもが存在する意味はなく、みんながみんな好き勝手に生きればいいからだ。自然状態では闘争しか生まれないとしても。
(ならどうしろってんだよ……佳奈の気持ちは、どうすんだよ……)
佳奈だってきっと思い悩んでいるはずだ。自分の大好きな人が赤の他人と一緒に過ごしているなんてのは、僕には想像がつかないほどの苦痛だと思う。信頼関係の喪失。それほど悲しいものはない。自分のことを大事にしてくれているように見えていたものが、実は仮初の愛情などと知ってしまった暁には、筆舌に尽くし難い思いにかられていることだろう。それでも気持ちを捨てきれず、ダメだと分かっていて藁にも縋りたくなるかもしれない。そんなことを考えていると、僕の奥底からぐつぐつと熱量を持ったものがせり上がってきた。
(少しでも、佳奈のためになるなら……)
二度と手に入らないと思っていたものに手が届く。予感めいたものが沸き起こる。
(一時の気の迷いでもいい。それで佳奈が幸せになるなら……)
例えそれが、紛い物でも。
(僕がアイツの代わりになれば……)
例えそれが、僕たちの関係を壊しても。
ポケットに入れていたスマートフォンの着信が鳴った。
「早く戻ってきて、上映時間になっちゃうよ!」
アイナが電話越しで捲し立てた。ポップコーンかなにかを食べているのか、言葉の端々でサクサクと咀嚼音が入っていた。
「待ってるからね」
佳奈の言葉がそれに続く。それは僕の心を奮い立たせた。
「……ああ、いま行くよ」
そして僕は、突如として吹いた向かい風の中で歩を進めた。