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 海の家で焼きそばやらイカ焼きなどを購入すると、僕と佳奈はみんなの待つ場所へ向かった。手当たり次第に並んでいたものを購入したため、諸手に抱え込んでいたその品々からは、香ばしい磯の香りやソースの香りやらがぷんぷんと漂っていた。「それ、前見えてるの?」「ギリギリ」歩く出店状態と化していた僕を見ながら、「気をつけてね」追加の飲み物をお盆に載せて歩いていた佳奈は嘆息していた。チェックインまでの時間にゆとりがあったので、ならべく落とさないように慎重に歩を進めた。


「お姉さん、暇? 連れはいないの?」

「全然暇じゃないし、誰あんた」


 食べ物の匂いが広がっていた場所を抜けると、見ず知らずの人のナンパ現場に出くわした。サングラスをかけていた女性の方がナンパ男を雑にあしらっているのにも関わらずしつこくつきまとまれている様子だった。僕と佳奈は変に巻き込まれないように回れ右して避けようとしたけど、突然、渦中の女性は僕の腕を軽く掴んで背後に回った。「なんだよ、連れいんのか、クソがっ」悪態をつきながら去っていったナンパ男に向けて女性は中指を立てると、「ごめんね、巻き込んじゃって」女性はサングラスを外して軽く舌を出した。その女性に既視感を覚えていた僕を尻目に、「あれ、佳奈ちゃん?」女性が佳奈をマジマジと見つめた。佳奈の方は女性から露骨に目を逸らしていた。「佳奈ちゃん?」僕が言葉を繰り返すと、女性の表情は僕の顔を見て何かに気づいたかのように急激に青白くなっていった。刹那、僕の抱いていた既視感の理由が頭の中でかちりと音を立てて判明した。「もしかして、遊園地のときの?」その女性は親友の隣を歩いていた人物と背丈格好が同じだった。女性は冷や汗をかきながら佳奈に視線を送っている。「ああ、もう」佳奈はため息をこぼすと、「なんでここにいるのよ」「たまたま、友達と海来てて、それで」女性はあたふたしながら、「ごめん」両手を合わせて佳奈に謝っていた。「わたしに謝られても困るんだけど」佳奈は心底冷たい表情で女性を見た。本気で佳奈が怒りをあらわにしているときの癖で、まぶたのあたりがピクピクと痙攣している。これは一体どういうことなのか、という問いかけそれ以前に、呼吸音ひとつとして漏れ出ることが許されないほどの静寂が訪れた。


 佳奈は視線を女性から僕の方へ移すと、


「みんなのところに早く戻ろ。マイさんもね」


 と、言った。


 女性は力無くうなづくと僕と佳奈の後ろをとぼとぼとついてきた。その姿は全身の力という力が抜けていて、亡者の行進のようだった。通ってきた道のりが何倍もの長さと質量を持っているかのように感じるほどの重い沈黙。親友の隣にいた人物が佳奈の知り合いだったという事実。それらとは真逆なほどに海水浴客の楽しげな声は、僕の耳にはうんざりするくらい甲高く聞こえていた。



「お疲れ。随分食べ物を買ってきてくれ、」


 親友は僕たちの後ろについてきた存在に気づくと、「なんで姉さんがここに」眉間に皺を寄せていた。親友の言葉で初めて女性の姿に親友の面影が残っていることに気づいた。年齢はだいぶ離れていたために意識していなかったけど、完成された彫刻のような目鼻立ちは瓜二つだった。女性は黙ったまま何も応えなかったので、代わりに親友は佳奈に視線を送った。それに対して、佳奈はゆっくりと大きく頷いた。親友は震え始めた手で髪をかきあげると目元を押さえた。


 女性は何か言い出すこともせず悄然としていた。虚な瞳で親友のことを見つめていたけど、本当に見ているかどうかはわからなかった。現実を受け止めることをあきらめてしまったかのように、あいもかわらず正気の薄れたままの様子。その女性の表情を見るにつれ、親友の顔は次第に落ち着きを取り戻していった。それでも、親友からはただならぬ空気が漂っていたままだった。


「みんなは先にホテルに戻っていてくれ。姉さんと話したいことがあるから」


 親友の言葉を皮切りにして、アイナやユッコちゃん、それに佳奈は飲み物を机の上に全部置くと、黙ったまま荷物を片付け始めた。「ユキトも残って欲しい」アイナが心配そうな目で親友を見て、ついで、僕の方を見た。僕は大丈夫という意味を込めて大きくうなづくと、みんなはバッグを抱えて立ち去った。


「せっかく美味しそうなの買ってきてもらったのに、悪いな」


 親友は僕が買ってきた食べ物を受け取ると、レジャーシートの上に置いた。


「ごめん、なさい」


 親友の姉は深々と頭を下げて、掠れた声で訥々と謝っていた。


「謝らないでくれ。姉さんは何も悪くない」

「でもっ」


 何かを訴えかけるような視線に対して、親友は首を左右に振ると、

「もういいんだ。いずれ、こうならなきゃいけなかったことだったし。それに」


 と、言って、頭を下げた。


「ごめんな、ユキト。いままで黙ってて」

「どういうことか説明してよ」

「ああ、もちろん」


 親友は頭を上げると、これまでの出来事の全てを語り出した。

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