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「めっちゃ疲れたー」
アイナはいち早くこちらに戻ってくるなり、ずさぁっとレジャーシートの上で寝転んだ。その後ろで親友とユッコちゃんが遅れながらやってきた。
「お疲れさま」
佳奈があらかじめ購入しておいたスポーツドリンクを三人に配ると、アイナは素早くペットボトルを空にして、他の二人はゆったりと味わうように飲んでいた。
僕は缶ジュースを口につけながら、
「満足できた?」
と、二人に尋ねた。
「ああ。やっぱ海はプールと違っていいな。泳ぎ甲斐があって」
「ですね」
親友とユッコちゃんが海を眺めながら各々の感想を述べているとき、アイナのお腹がぐぅと鳴った。「えへへ」アイナはうつ伏せでそう漏らすと、お腹の辺りをさすった。「もしかして、お腹減ったの?」アイナは無言で頷いた。あれだけ泳いでいてもなお食欲が出ることにはびっくりさせられたけど、アイナだからしょうがないのかもしれない。
「軽く食べるものを買ってくるよ」
「いいよユキト、俺が行ってくる」
「ううん、大丈夫。体力かなり余ってるから」
僕が立ち上がってサンダルを履くと、
「わたしも手伝うよ。ぜんぜん泳いでないし」
と、佳奈もサンダルを履いた。
「じゃあ、みんなで荷物番しておくわ」
「よろしくね」
僕と佳奈は海の家のある方向へと足を進めた。
太陽の光を存分に吸収した砂の上は、厚手のビーチサンダル越しにも熱さが伝わってくるようだった。地面を踏みしめて歩くたびに素足の周りにジリジリとした空気がふわふわと覆い被さる。ギリギリ耐えられるほどの熱さだったけど、佳奈のサンダルは僕の履いていたものより薄手の作りで足先がかなり熱そうだった。
「熱いからあっち通って行こうよ」僕はそう言って、佳奈と一緒に波打ち際の方へ歩み出した。「冷たくてきもちー」波打ち際につくと佳奈はサンダルを脱いで片手に持ち、足先を濡らしていた。僕も同じようにすると足先に小さい波が打ち寄せてきた。その音は一定のリズムで大小様々な音を奏でていて、人々の活気に混じって心地よい響きを残していた。突如として吹いた海風に顔を背ける。その先にいた佳奈は麦わら帽子のてっぺんを片手でおさえていた。絹のようにつややかな黒髪が風でなびき、指先でぶら下がっていたサンダルのソール部分がコンコンと乾いた音を立ててぶつかる。その光景は、夏の訪れを知らせる風鈴のような趣があった。その証に目を閉じてみると、母さんと並んで濡れ縁に腰掛け青々と茂った中庭を眺めていた記憶が蘇った。
そよ風に揺られてチリンチリンと鳴る風鈴、白く透き通った母さんの鼻歌、そして、ゆるくウェーブしたブロンドヘアから垣間見える横顔。それらはかすかに潮の香りを感じられる母さんの実家での三種の神器の役割を担っていて、僕の夏のほとんどがそこに詰まっていた。
目を開けると、母さんの横顔と佳奈の横顔が重なった。姿形は全然違うのに根っこのところでは繋がっているような感じがした。
「早くしないと置いてくよー」
波打ち際でちょっとだけ立ち止まっていた僕の方を、白い砂浜の上で振り返った佳奈の色白は百難を隠していた。僕はサンダルを履くと、熱さの残る白い砂浜を横切って海の家へと足早に向かった。




