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 佳奈とこんなにも二人きりになったのは、僕がお見舞いに行ったとき以来だった。とはいえ、あのとき僕がやったことはベッドで横たわっていた佳奈に寄り添うわけでもなく、ほぼ放置とも言えるような行為——佳奈が僕にやってくれたような手厚いお見舞いができたわけでないけど。たいていの場合、自分にとって大切な人が泣いていたら隣で寄り添うことが世間一般でいうところの正解であって、そうすることこそが、人を思いやるという意味だと思う。何かするわけでも何をするわけでもなくて、ただ純粋に隣にいるということだけがどれほど難しくて簡単なことか。長年の付き合いがあるのでそういう空間に身をやつすのにはそれほど苦労がない。だけど、あのときはあえて一人にしてあげることが最適解なような気がしていた。経験と勘に依存しているから具体的なデータを挙げることが難しい。そういう非言語的で時間の流れの中で摩耗して消え去ってしまうものに依存してしまうのは怖かった。でも、世の中には言葉で説明ができないような出来事がたくさんあって、特に人の心とかいうエキセントリックな代物に対して画一的な対処法がなどないのだから仕方がないとも思う。気が利くと気を使うのおよそ半分くらいの僕の『思いやり』に対して佳奈が返してくれたのは、うずたかく積み上げられたデザートの空容器の前でおばさんと一緒にピースをしていた画像と、めちゃくちゃ長文の感謝メッセージだった。そういう律儀なところは僕も見習うべきところなのかなのと思ったりしてる。


 佳奈はといえば、そんなことがあったことかどうかなんてのを想起させないほどの無邪気さでもって、足をパタパタとさせながら海岸沿いの観光客を眺めていた。そこは人種のるつぼとなっていて、様々な肌の色をした人々が白い砂浜を複雑な色合いに染め上げていた。


「最近は急にいろんな人が増えたよね」

「そうね」


 佳奈は足の動きをピタッと止めミネラルウォータを口に運んだ。口の端から少しだけ漏れた水を手の甲で拭うと、ふふっと笑った。


「どうしたの?」

「昔、ユキトのおじさんが言ってたことを思い出してた」

「父さんが?」

「うん」


 佳奈は僕を見つめると、


「海ってね、いろんな背景を持った人が、同じ場所にいても、静かに全てを受け入れてくれるんだ。だから僕は、好きなんだと思う」


 と、言った。それは父と最後に海に来たとき伝えてくれたことと一言一句違わず、言葉の区切り方やイントネーションの隅々に至るまで似通っていた。僕の奥底に蓋されていた過去の記憶が現像され始める。自分を守るために無意識に構築していた仕切りが、気づかないうちにこじ開けられていたようだった。


「よく覚えてるね」

「忘れるわけないよ。わたしも海、大好きだし」


 佳奈は大きく背伸びをすると、のべつまくなしにあたりを見渡し始めた。


「この人たちも、目には見えないだけでいろんなことを経験してるって思うと、なんか不思議な感じがする」

「そうだね」


 僕も佳奈にならって人々の動きに目をやってみた。子供たちが砂浜で城を作っているのを暖かな目で見つめている人、シュノーケルをつけて水面をたゆたう人、仲睦まじく談笑している人。人、人、人たちがそこにはいて、笑顔の裏には、僕には想像つかないような『つらさ』があるのかもしれないと思えた。


「だから僕も、海が好きなんだなって思うよ」


 僕は泳ぐのをやめてこちらに向かっていた親友たちに手を振ると、彼らもこちらに向けて手を振ってくれた。彼らはみんな、海を存分に満喫しているような笑顔を浮かべていた。

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