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 砂浜を埋め尽くす群衆が夏真っ盛りの日差しを肌にたくわえていた。それはさまざまな方角へ向かってキラキラとしたエネルギーを発していて、煌煌ときらめく砂粒の輝きをより一層強めていた。太古の昔より波の力によって運ばれてできた砂浜——堆積した歴史の記録者は、いまもなお休むことなく人々がそこにいたということを後世に残している。僕もその中の一部として、みんなの荷物をまとめて置いていたレジャーシートの上で海を眺めていた。荷物係としての責務を果たす必要があるということもあるし、それに、どうも僕は水との相性が良くないみたいだから、いまの役割は割と満足している。ただ、あまりにも暇すぎて手持ち無沙汰になっていた僕は、気分転換がてらみんなの行方を追うことにした。せっかくリゾート施設に来たくらいなのだからお遊びの延長で互いに海水を掛け合って遊んでいるんだろう、とかいう想像は、本職水泳部たちの前には無意味だった。アイナ、親友、それにユッコちゃんも実は水泳部だったみたいで、遊泳区域内の限界までを何本もガチ勝負していた。


 僕はその様子を見つめながら、ほっと胸を撫で下ろしていた。崖上で憔悴しきっていた親友はベンチで一緒に休んでいたおかげで、万全とまではいかなくても体調が戻ってくれたみたいだった。親友にはまだまだ言いたいことや聞きたいことが山ほどあったけど、「きょう、みんなと遊び終わったら時間をくれないか。いままでのこと、ぜんぶ話すから」と言った親友を前にして、頷くことしかできなかった。下手に親友のことを焦らせてイレギュラーなできごとを起こして欲しくなかったというのが主な理由で、それに、聞いてしまうことの怖さも少なからずあった。たとえどんなことがあっても受け入れるとは口では言える。しかし、僕に本当にそれが備わっているかどうかは別問題だった。未知に対する恐怖に飲み込まれないよう僕はほっぺたを叩いて気合いをいれる。難しく考える必要なんてない。考えたところで現実は変わらないし、変えられない。出たとこ勝負で行こうという心がけが、ジンジンと伝わる頬の感覚とともに確固たる形を作った。


 しばらく親友たちの遠泳を眺めていると、ひんやりとしたものが僕の頬にピタッと触れた。


 僕がその方向に向くと、


「楽しめてる?」


 と、佳奈は言った。


「おかげさまで」


 僕は缶ジュースを受け取りながら、髪をかき分けていた佳奈を見つめた。日焼けを知らない彼女の純白の肌を、ひらひらとした花柄のパレオワンピースが覆っていた。片手で麦わら帽子をおさえると、視線の先は親友たちの方へと移った。


「よーくあんなに泳げるよね」

「ほんっと、体力お化けだよ」


 佳奈は僕の隣に座ってミネラルウォーターを口に含み始めた。ボトルの外側に張り付いていた水滴が手から腕へとつたう。それは輝く軌跡となって佳奈を綺麗に装飾していた。


「それで、どう?」

「何が?」


 佳奈抱え込んでいた膝の上で首を傾げ、ほっぺたをふぐのように膨らませた。「結構気合い入れたんだけどなぁ」佳奈はギリギリ僕に聞こえるような小さい声で呟き、わざとらしく口を尖らせた。その様子が面白おかしくて笑みが溢れる。「変、かなぁ」「ううん、似合ってるよ」僕の何気ない一言に佳奈はわかりやすいくらい嬉しそうな顔を浮かべた。


「佳奈は泳がないの?」

「あっちに混じるのは流石に無理っ」


 佳奈は左腕と首を左右にぶんぶんと振っていた。佳奈も客観的に見て泳げる方の部類には該当するけど、他の三人が外れ値ばりに泳げるために一緒に泳ぐのは至難の技なのだろう。遠巻きに聞こえてくる黄色い声援と、野太い声援。三人の周りにはいまや人垣ができていて、手を振って応援する人がいたり一緒のスピードで泳ごうとしてぶっちぎりで離されたりしていた。


「間違いない」


 僕は缶ジュースを開けると中身を喉に流し込んだ。舌に残るオレンジの酸味が乾いた口内に広がっていく。


「ひっさびさだよね、海に来れたの」


 佳奈は体育座りを崩し足を前に投げ出した。そして、両手を支えにして後ろに体重を乗せた。その姿勢は幼稚園の頃からの佳奈の癖で、なぜだかは知らないけど、僕と二人でいるときはこの姿勢になることが多かったように思う。


 僕もあぐらから佳奈と同じ姿勢に変えると、


「だね」


 と、言った。


「おじさんとおばさんもさ、ユキトが海に来れたことを喜んでくれてると思う」

「そうだといいけどね」


 僕はパラソルでは覆い尽くせていないほどに広がっていた空を見上げた。死んでしまった人の考えていることなんて、生きている人がわかるわけがない。死人に口無し、っていう言葉は冷たい印象を受けるけどひどく現実に即した意味だと思う。死という事象は生者にとって現在から切り離された単一の点でしかないのだから。だからこそ、生者が故人の『想い』を介することで、途切れてしまった縁を現在まで続く線とすることは、死を単なる死として終わらせないようにしようとする人間としての営みの最も基本的なことで、最も大切な要素だと思う。もちろん、重くなりすぎた『想い』ほど厄介なものはないだろうけど。


「そうだよ、きっと」


 僕と同じ方向を見上げていた佳奈がなんともなしに呟いた。その言葉は、そうであって欲しいという願いとそうに違いないという確信がない混ぜとなって、海岸沿いの喧騒に溶け込んだ。


 佳奈の横顔に差し込む太陽の光は、あいもかわらず燦々と輝いていた。

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