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短め。

 僕の尊い犠牲によって和やかな雰囲気を獲得することができた一方で、僕は親友が理由も告げずに離れたことについて終始気がかりだった。今までも似たようなことがあるにはあったけど、大概何かしらの理由が存在していて、今回のような急用ができて抜けるといったパターンはなかったからだ。もしかしたら家族に何かしらトラブルが起きたのかもしれない。それほどの急ぎようだった。しかし、それを知ろうにも親友は家族まわりの話は絶対にしたがらないので、確かめるすべがなかった。


 佳奈なら何か知っているかもしれないという一抹の期待を胸に秘めていたが、「アイツ、ほんとどこ行ったんだろね」「……さぁ」と、一蹴されてしまった。気心の知れたアイナと会話したことでいくらか気が紛れていたみたいだったけれど、こと親友に関する話題に入ろうとすると佳奈は露骨に話を逸らした。佳奈と親友の間にただならぬ出来事があったことは日の目を見るより明らかだったけれど、それを問い詰めたところで真実には決して辿り着くことができないことも、長年の経験と勘が物語っていた。真実を実直に語りつくすことができないほど、僕たちの関係性は機知に富んでいた。


 だからこそ、僕は無駄な詮索を早々に切り上げて、「せっかく集まったんだから、映画館行こうよ」と提案した。元々、アイナと見に行こうと予定したのもあったけれど、佳奈も部類の映画好きだったという理由づけが大きかった。


「映画かあ、気分的になぁ……」

「えー、行こうよ佳奈姉ぇ」


 アイナが佳奈の腕を握って左右にぶんぶんとゆすっていた。佳奈は僕を見ると何かを思い出したかのように、


「あっ、そういえばアイナちゃんの好きなやつやってんじゃん」


 と、言って、アイナを手を握った。アイナが好きなやつというのは日曜の朝に放送されている魔法少女アニメだ。数年ぶりの劇場版にあたって歴代のヒロインたちが勢揃いしているそうだ。僕自身、そういった女児系のアニメに食指が動かなかったタイプだけど、アイナと一緒に見ているうちに自然とハマった。今やシリーズの最初から最新作まで履修済みで、各オープニング・エンディングの歌やダンスだけでなく、ヒロインのセリフを諳んじることができるくらいには何度も見ていた。アイナより沼に足をつっこんでいるかもしれない。


「そうそう、きょうから公開なんだよ!」


 興奮冷めやらぬ状態のアイナは、佳奈の手を上下に振っていた。よっぽど封切りを楽しみにしていたのだろう、朝出かけるときに主題歌を鼻歌混じりで歌っていたくらいだ。それからはアニメをほとんど見ない佳奈のために、劇場版の見どころだとか、ざっくりとストーリーを振り返ったりして、アニメトークに花を咲かせた。


 しばらくして、アイナが持っていた呼び出しベルが鳴ったのでいつものように僕が代わりに行こうとしたら、「ウチも手伝う」と言ったので、一緒に商品受け取り口へと向かうことになった。


「佳奈姉さぁ、先輩と何かあったのかなー」


 僕たちの会話が聞きとれないくらい佳奈から離れたところで、アイナは不安げに言った。


「急にあんな感じでキレ出すのは初めて見たからなぁ……」


 前々からふざけた調子で怒るということはあったけれど、声を荒げて手を出すなんてことは過去の一度も見たことがなかったため、原因がわからなかった。それくらい今回の佳奈は特異な状態だった。


「正直さ……先輩ってあんまりいい噂を聞かないから、心配なんだよね」

「……それって、どんな?」


 それは初耳だった。親友の話といえば学年問わずかなりモテるといった話や、それに付随したやっかみが絡んでいることしか聞いたことがなかった。それに加えて、長年の付き合いから察するに、親友は悪い噂が立つような人物ではないということがわかっていたということもある。


 アイナは周囲を気にする仕草をすると、


「中一のときの同クラスの子でさー、先輩と付き合っていた子がいたんだけど……急に『別れた』って言ったっきり、先輩のことをぜんぜん話さなくなったんだよね……理由を聞こうとしても、『ウチには関係ないでしょ』の一点張りでさ……それまでほぼ毎日、先輩のことについて電話してきたくらい頼ってくれたのに……これ、兄貴だから言ったけど、絶対秘密ね」


 と、言った。まさかそんなことがあったなんて夢にも思わなかった。もちろん、その当時から親友に彼女がいたことは知っていたけれど、そういった込み入った話をしたことはなかった。いや、込み入った話を親友はしたがらないと言った方が正確かもしれない。プライベートの距離感を大事にする親友は、ここぞという話はひらりと羽どりのようにかわしては、話題を変えるすべにたけていた。捉えどころがなくて本音を汲み取りづらい。だけど、困ったときには助けてくれる。そういう器用さが親友の魅力だった。


「もちろん、誰にも言わないよ」


 僕は佳奈の前に小指を出すと、指切りした。


「あのさ、いまもその子とは連絡取ってるの?」

「いや……連絡先は知ってるけどクラスが別れちゃったからなぁ……一応、連絡してみる?」

「うん……もしかしたら、アイツのことについて時間が経ったいまなら話を聞けるかもしれないし」

「おっけー、じゃあ、連絡取ってみるね」


 アイナが目にも止まらぬ速さでスマートフォンをフリックし始めているのを横目に、僕は佳奈の方を見た。遠巻きに見える彼女と視線が合わさった気がした。


「メッセージ送ったから、返信きたら伝えるね」

「さんきゅー」


 アイナがメッセージを送り終えた頃に目的の商品受け渡し口についた。お盆に乗せられたふわとろオムライスを、目を燦々と輝かせながらアイナは見つめていた。


「はやく、はやく!」

「そんなに急ぐと転ぶよー」


 転んで商品をぶちまけるといったことをしないように念の為心配するが、料理を受け取るやいなや目にも止まらぬ速さで席に戻っていたアイナの前では無意味だった。運動神経抜群なアイナだからこそなせる見事な体捌きで群衆の合間を抜けていた。そんな妹を尻目に、僕はおっかなびっくり商品を丁寧に運ぶことに徹していた。


 席に着くと、アイナはハミをかじっている馬みたいに前のめりで商品をじっと見つめて涎を垂らしていた。その様子に、佳奈は腹を抱えて笑い出しそうになるのを堪えていた。


「遅いよ!」


 スプーンを片手にアイナがぷぅと頬を膨らませた。その隣でアイナがほっぺたをツンツンして、「可愛い」と言っていた。僕もほっぺたツンツンしたかったけれど、刺激しすぎるとのちのち僕の方にとばっちりがやってくるのでやめた。


「ごめんごめん」


 僕が席につき、「いただきます」と言うと、アイナは堰を切ったダムのような勢いで食べ始めた。ものの数秒で平らげると、まだ三分の二以上残っている僕の皿をアイナは見つめた。


「もしよかったら僕の分も食べ、」


 る? と、言い終える前に、佳奈は僕の皿を蹂躙した。米粒の一粒も残さない強い意志と共に。毎度のことながら、好物を前にしたアイナは目は獲物を狙っている野生動物のそれと同じだ。たぶん、サバンナだと王者を張れるんじゃないかと思う。アイナに至っても、この光景に慣れすぎたせいで『すごーい』くらいの感覚で眺めてたけど、僕の昼食が本来あるべきところに収まっていないことに対して、ちょっとくらい同情してくれてもいいと思う。


 アイナは満足したのか、けっぷぅと、およそ年頃の女の子が出さないような擬音を出して、爪楊枝で歯の隙間を大仰に磨き始めた。マナー的にせめて口を隠せと言いたくなるけど、お腹いっぱいの状態だといかなるアドバイスも右から左に受け流される。王者の風格ってやつだった。悲しきかな、これは兄としての威厳が失墜しているとも変換できるけど。


 そんなこんなでそつがなく? 食事を終えると、アイナと佳奈が先に映画館でチケットを購入、そして僕は大量の荷物を一時預かりのところに持っていくことになった。

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