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 玄関を開けるとユッコちゃんがハキハキとした声で言った。


「こんばんはー。すみません、夜遅くに」

「ううん、気にしないで」

「てか、アイナ」


 ユッコちゃんは険しさと安堵が入り混じった不思議な表情をしていた。


「髪留め見つかったって、何回もメッセージ送ったんだけど」

「え?」


 アイナはリビングに急ぎ足で向かうと、通学カバンからスマホを出してきて操作をしていた。


「ごめん、全然見てなかった」

「大事なものって言ってたのに何時間も既読つかないからさ、マジで何かあったのかと思ったんだからね。アイナ、超可愛いんだし、心配して来ちゃった」

「ごめん」

「無事だったから大丈夫だよ」


 ユッコちゃんは肩に提げていたポーチから髪留めを取り出した。それは両親を亡くして元気を失っていたときに僕がアイナに初めてプレゼントした猫の顔がデコレーションされたものだった。


「はい、これ」


 ユッコちゃんが髪留めをアイナに手渡した。アイナはそれを大事そうに両手で包み込むと、


「よかったぁ。これ、ほんっとうに大事なやつだから」


 と、言った。アイナの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「アイナってさ、マジでブラコンだよね」


 僕がアイナを方をチラッと振り返ると、アイナはわざとらしく咳をして、


「どこにあったの?」


 と、言った。


「あー」


 ユッコちゃんは気まずそうに頬をかくと、


「ミーちゃんのベッドの下」


 と、言った。ミーちゃんとは確か、ユッコちゃんの家の猫だということをアイナから聞いたことがあった。


「アイナがシャワー浴びてたときに隠しちゃったみたいで、マジごめん」

「ミーちゃんならしょうがないよ」


 ユッコちゃんが両手を合わせて深々と謝っていた。


「あっ、そうだ。ユキト先輩っ、連絡先交換しましょ。アイナに何かあったら怖いし、すぐに連絡とりたいんで」

「僕のスマホ、いまバッテリー切れてて」

「それならウチから兄貴の連絡先、ユッコに送ってもいい?」

「うん、いいよ」


 アイナは素早い手つきで僕の連絡先をユッコちゃんに送っていた。


「アイナの顔も見れたし、きょうは帰るね。ユキト先輩も失礼しました」

「きょうはもう遅いし家まで送っていくよ。女の子一人だけだと危ないし」


 ユッコちゃんは僕のことをじっと見た。


「大丈夫です。もともとミーちゃんを見てなかった私がやらかしたことだし、それに」


 ユッコちゃんがそう言いかけると少しばかり口をつぐんだ。彼女の視線の先には小刻みに震える手で僕の袖を掴んでいたアイナがいた。


「いまはアイナと一緒にいてあげてください」


 ユッコちゃんがそう言うと、颯爽と玄関を出ていった。


 家の扉が閉まるまで僕の袖を掴んでいたアイナは、完全に扉が閉まると僕の袖から名残惜しそうに手を離し、手に持っていた猫のヘアピンを定位置につけた。


「似合ってるよ」

「うん。知ってる」


 アイナの歪な微笑みはあの頃の僕を鏡に映しているかのようだった。全てが自分の手からすり抜けてしまうような、そういう喪失感が滲み出ていた。


 アイナは嘘をついているわけではなかった。そのことに僕は安心感よりもまず罪悪感を覚えた。どうして僕は妹のことを信じられなかったのだろうか。僕のプレゼントを毎日のようにつけていてくれたのに。それすらも忘却の彼方におきざりにして、そのせいで、きょう帰ってきたときに髪留めを付けていなかったことにすら気づけなくて。アイナは髪留めを失くしたことを僕に言ってくれてたんじゃなかったのかと。生徒会の話だってそうだ、アイツはアイナが通っている中学の元生徒会長だったのだから、引き継ぎの件で助言を聞きに行っていただけかもしれなかった。実利優先のアイナだからきっとそうしていているはずだと。親友の香りだって、たまたま、ユッコちゃんが持っているものと同じだけだったかもしれないのに。


 アイナのことを見ているようで全然見れていなかった。僕は僕のことで手一杯で、しかもそのことに自分自身で気づけないで勝手に焦って。


「ごめん、アイナ。僕がバカだった」


 僕はアイナを抱きしめていた。


「兄貴がバカだったら、ウチなんか超バカじゃん」


 腕の中のアイナは、いつもより大きく感じた。

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