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 定期テスト前ということもあり図書館の四人掛けデスクは生徒でにぎわっていた。参考書を片手にノートにペンをいそいそと走らせている人もいるし純文学の文庫本を舐め回すように見ている人もいた。「ユキトと図書館の組み合わせとか草」「ほっとけ」その中に見知った顔が何人かいたので適当にあしらいながら佳奈と親友の姿を探してみたけどまだ到着していないみたいだった。


 先に席でも確保しておくことにした僕は、幸運なことに、一つだけ誰も座っていなかったテーブルを見つけることができたので腰を下ろし適当に教科書を取り出した。そして、場所取りがわりに折り目のほとんどついていないまっさらな教科書を年季の入った木製テーブルの上に飾りつけていった。それはなんともアンビバレンスな様相を呈していた。せめて一本でも蛍光マーカーを教科書に引いておけば話は変わったのかもしれないけど、そんなことをするほど僕は真面目に授業を受けていなかった。ノートなんてとっていなかったし家で勉強なんてもってのほかだし外の景色をぼぅと見ながら先生の話を聞き流すのが関の山だった。


 やることがなくなってしまった僕は窓の外を適当に眺めるという十八番に興じようとしたけど、それは一人用テーブルの住人によってカーテンが閉じられていたためできなかった。仕方なしに教科書を開くとよくわからない偉人の顔にひげをつけたり吹き出しをつけて擬音を言わせたりとおよそ現役高校生がしないような遊びを初めてしてみたけどこれが意外と面白いということに気づきひたすらペンを走らせていたら頭の上をポコッと叩かれた。


「ひっさびさに勉強してると思ったら」


 拳をゆるく握っていた佳奈がはぁとため息をつくと、その後ろから親友がヌッと姿を表した。


「図書館だから静かにな」

「怒られてやんの」

「誰のせいよ、誰の」

「佳奈」

「おう、コラ」

「お前らほんっと昔から変わんねえな」

「「誰が身長変わってないって!」」

「そういうのなんだがな、そんでせめて小声でやってくれ」


 今度は親友がため息をつくと僕の真正面に座った。ふんわりと柑橘系の香りが漂った。


「さっさと始めるぞ、きょうは早めに帰りたいしな」


 その予定はアイナの報告と関係しているのかどうかという疑惑で心臓が高鳴った僕は、


「いやいや、このあとテスト勉強お疲れ様会を開催するのでダメです」


 と、言った。


「ユキトがそういうの提案してくれるのはうれしーんだが、きょうだけはどうしても参加できないんだ。テスト期間が終わってからなら大丈夫だからそのときにやろーぜ」


 親友は使い込まれた参考書を机の上に出すと勉強を始めた。これ以上の議論は不要だとも言いたげなほどにスムーズな動作だった。


「そう、なんだ。佳奈はどうする?」


 佳奈なら僕と、という淡い期待は、


「うーん、風邪が完璧に治ったわけじゃないからきょうは勉強会が終わったら安静にしとくね。お母さんもならべく早めに帰った方がいいって言ってたし」


 という言葉によってあっけなく散った。


 アイナだけでなく、親友、そして佳奈も僕に嘘をついているのかもしれないと思うと息が苦しくなってきた。


 次第に胃の底から吐き気が込み上げてくる。


 それがバレないように急いで立ち上がってトイレに駆け込んだ。便器に向かって胃から迫り上がっていたものを吐き出そうとする。だけど、胃の中には何も入っていないからうまく吐き出すことができなかった。お腹の上あたりがムカムカして吐きそうな感じがあるのにいくらえずいてもそれが解消されない。たまらず口の中に指を突っ込んでみると喉を押し広げながら出てきた酸っぱいものが便器の上を黄色く彩った。


 涙が止まらない。だけどお腹の不快感が少しだけ軽くなった。


 短くなっていた呼吸を整えると手の甲で口の端を拭った。ベトベトしてしまった手をトイレットペーパーで拭き取ると、それをドロドロとした黄色い液体の上に覆い被せトイレのレバーを引いた。


 便器の中は何もなかったかのように綺麗になっていった。


 個室から出ると念入りに手を洗いながら鏡に映る自分の姿を見た。そして、笑顔を何回か浮かべてみて自分の中でしっくりきたことを確認すると図書館に向かった。


 テーブルまで戻ると佳奈と親友は変わらず対角線上に座っていた。


「腹の調子でも悪いのか?」

「おしっこ漏れそうだった」

「小学生かお前は」


 僕が親友の真正面に座ると、


「お疲れ様会のために頑張ろっ」


 と、できる限り小さく、なおかつ元気に佳奈が言った。


「あい」

「そうだな」


 そうして僕は不安を残したまま適当にテスト勉強こなすと、佳奈と親友と一緒に帰路についた。

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