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朝礼前の教室は生徒同士の他愛もない会話でにぎわいを見せていた。さながら動物園のなかに飛び込んでしまったのではないかというくらいの喧騒だったけど普段通りの光景だ。なかには、定期テストが近づいているということもあり真面目に勉強している人もいたけど、ほとんどの人は自由に自分たちの時間を使っていた。
「おっす、もう体調は大丈夫なのか?」
窓際の自分の席に座ると、前の席で他の生徒たちと話していた白井が声をかけてきた。白井とは佳奈や親友ほどではないけど小学校からの付き合いで遊園地で僕に話しかけてきたのも彼だ。そんな彼の特徴でもあるヘアワックスでガッチガチに固めた短髪が教室で一番テカテカと光っていた。
「うん、問題ないよ」
「おお、それじゃあ詳しく聞かせろよ」
「なんのこと?」
僕が頭にはてなを浮かべていると、
「佳奈ちゃんがお前の家から朝方出てきたっていうのは本当か?」
と、白井が言った。まわりの生徒たちもウンウンと頷いている。
「は?」
「とぼけなくてもいいだろ。俺たちの仲じゃねえか」
「どこ情報だよ、それ」
「否定しないということは、そういうことなんだな」
「そういうことって?」
「つまり、二人はお泊まりするような関係ってこった」
鼻息を荒くしていた白井がどんな妄想をしているかはさておき、
「前も言ったけどそういうんじゃないって。昨日は『単に』佳奈が看病してくれたんだよ」
と、僕が言うと、白井を含むクラスメートたちがピクッと青筋を立てた。
「それがすでに、ただならぬ関係だってことがわからないわけじゃねぇよなぁ」
各々どこから出したかも想像つかないような柄物を取り出すと、パシパシと手のひらに当てて弄び始めた。
「学校一の美少女と幼馴染ってだけでも羨ましいのによぉ。朝帰りさせておいて『単なる』看病だってぇ。ほざいたなぁ」
僕の背後がクラスメートによってガシッと取り押さえられる。
「そのツラに穴開けてぇ。二度とデケェ口きけねぇようにしてやるかぁ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁん」
迫り来る電動ドリル。おい、どこぞの不良高校の一幕を再現するな。そんでもって学校に使用用途外の道具を持ってくるな。
てか誰も止めてくれないの? クラスメートたちに視線を送るけどみんな見て見ぬふりをしていた。
この状況、自分でまいた種ゆえにセルフ打開するしかないようです。ぴえん。
「僕がダメでアイツはいいのかよ」
キュイーンという音を立てながら目前まで迫っていた電動ドリルが止まる。
「アイツ、だと」
「そうだよ」
多分、白井の頭にも親友の姿が浮かんでいることだろう。僕の家から佳奈が出てきたのを見てた人がいるくらいなのだから、佳奈と親友が二人っきりでショッピングモールにいたのを見てた人もいる可能性だってあるはずだ。
すると、白井はうーんと頭を捻りながら、
「確かに、佳奈ちゃんが頻繁にアイツの家に出入りしてるって話もあるしなぁ」
と、言った。
「はい?」
聞き捨てならない発言が白井の口から聞こえた。そんな話は一度も聞いたことがなかった。
「知らなかったのか?」
「初めて聞いた」
「お前んとこの妹ちゃんもときどき一緒にいたみたいだから知ってると思ったんだが、ガセネタだったか」
「アイナも?」
「ああ」
ちょくちょく帰りが遅れるのは生徒会の仕事だからってアイナは言ってたけどいやな予感がした。アイナに限って隠しごとなんてするはずはないと思いたいけど親友の影がチラつく。
「どうしたユキト、大丈夫か?」
白井が珍しく僕に心配そうな声をかけてくれた。
「え? うん、大丈夫だけど」
「なんか悩んでることあったらいつでも頼れよ。そういうの溜め込んでると余計に体調崩すからな」
「ありがとう。それなら一つだけ悩みを聞いてほしい」
「なんだ?」
「この状況をどうやったら解決できますかね?」
「むりぽ」
ガッラガラと扉を開けて先生が教室に入ってきてくれたので僕は無事解放されたけど、出席確認とか連絡事項の伝達中ずっと親友の笑顔の姿が頭の中に張り付いていた。
 




