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ほどよい眠気に包まれ始めたころ、隣でスヤスヤと眠っていた佳奈がもぞもぞと毛布から抜け出して両目をゴシゴシとさせていた。
その動きに合わせて制服ブラウスの胸元から黒っぽい下着が薄明かりに照らされてチラチラ見えていた。
「佳奈?」
ぼんやりとした心地のまま名前を呼ぶと、佳奈がビクッと体を震わせて驚いた表情を浮かべた。
「おはよ、ユキト」
「おはよ」
「起こしちゃった?」
「いや、起きてた」
佳奈は大きなあくびを一つ挟むと両腕を上げて体を伸ばしながら、
「一旦家に帰って着替えてくるね」
と、言った。
「送ってくよ」
「ううん、平気。家近いし、治りかけなんだから時間までゆっくりしてたほうがいいよ」
シワが幾重にも重なっていたブラウスの裾を両手で伸ばすと、佳奈はベッドから起き上がった。
「んんー、よく眠れた。ユキトは?」
佳奈は振り向きざまに僕を見るとニコッと笑った。
「ひさびさにぐっすりだった」
「そっかー」
佳奈ははにかんだ笑みを浮かべると部屋の中を歩き回り始めた。ゲームセンターで取ってきた熊のぬいぐるみだとかガラスケースに飾ってあったフィギュアだとかを、まるで美術品の鑑賞みたいにじっくりと眺めていた。
「部屋は昔から全然変わってないね。あっ、この写真」
洋服棚の上に置いてあった写真たてに気づくと、その前で佳奈は立ち止まった。
僕の両親が亡くなる直前に撮った写真で、父さんと母さんとアイナ、佳奈、僕、そして親友が写っていたものだった。
佳奈は写真立てを手に持つと、
「この頃は楽しかったよね」
と、言った。それは懐かしむと言うよりも、いまと比較して過去の方がよかったという色合いが強い気がした。
「いまも十分楽しいよ」
「へえ、いいこと言うじゃん」
「たまにはね」
佳奈は写真を置くと部屋の扉の前に立った。背中越しでは佳奈の表情を見ることができなかった。
僕はベッドから体を起こすと、
「ありがとね、佳奈」
と、言った。
佳奈は振り返ると僕を見て小首をかしげた。
「どうしたの急に」
「言いたくなっただけだから、気にしないで」
「なにそれ、変なの」
佳奈がクツクツと笑うと、
「わたしのほうこそありがとね。ちなみにこれも、言いたくなっただけだから」
と、言って、ドアノブに手をかけた。
「それじゃあ、また迎えにくるから」
「うん、よろしく」
「玄関の鍵はどうする?」
「アイナがもう起きてると思うから大丈夫」
「おっけー。ならアイナちゃんにも帰るって伝えておくね。ではでは」
佳奈が小さく手を振っていたので、僕も手を振りかえす。
扉が閉じると僕はベッドから起き上がって棚の上に置いてあった写真を眺めた。
写真で切り取られていたのはいつ見ても笑顔の一幕だった。




