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ちょい閲覧注意
その日、いつもより早く家に帰ることにした。
自分にしては珍しい、ほんの気まぐれだった。
慣れ親しんだ歩道を歩いていると、けたたましいクラクションの音が聞こえてきた。
唐突の浮遊感、そして、あまり聞きなれないぐしゃりという音。
トラックにひかれて死んでいたのは明白だった。
アスファルトに流れていたのは二筋の朱色。
原型をとどめていたのは短く切り揃えられた黒髪と、色の白い手足。
ぴくりともしない後頭部はぱっくりと紅く花開いて、頭蓋の中身を空にさらしていた。
その亡骸を呆然と眺める双眸は、深淵を連想させる黒で塗りつぶされていた。
ああ、これは。
よくないことを願ってしまった罰だ。
◇◇
強烈な心臓の拍動で目が覚めた。
耳障りなほどにドクンドクンと鳴る左胸を強く押さえつけ、深呼吸を入れようとした。
しかし、それはうまくできなかった。喉がからからに渇いているのに、唾液を飲み込むことすらできなかった。
無指向に思考が炸裂し、それに付随して体のありとあらゆる部分が細かく震えた。ぷるぷると細かく動く手で枕元に置いてあった水を口に含み、胃の腑に流し込む。それでも心臓の烈しい律動はおさまることを知らなかった。
この状態に耐えきれなくなった僕は、ベッドから飛び起きて窓を全開にした。乱雑に開け放たれた窓の外に顔を出して呼吸すると黒南風のじめじめとした空気が肺を満たした。少しでも新鮮な空気を吸い込みたいのに、陰うつな気が入り込むばかりだった。
雲間からほんのわずかに朝日が現れた。それがせめてもの救いだった。
しばらくすると心臓の動きは落ち着きを取り戻し、あらぶっていた思考が一つにまとまり始めた。
ずいぶん懐かしい夢を見ていたような気がする。なにか大切なことを思い出そうにも、断片的でおぼろげな破片しか手に取ることができずもどかしい。
気分転換に凝り固まっていた体を動かした。風邪はすでに寛解しているようで、関節の痛みもないし熱っぽさも抜けきっていた。
きょうは学校に行けそうだな、と思いながら机に置いていたスマホを開くと、親友からミュートメッセージが届いていた。
「
体調は大丈夫か?
」
日付を確認すると昨日のうちに届いていたようだった。僕は慌てて、
「
うん、もう大丈夫。きょうは学校に行けそう。
」
と、ミュートでメッセージを送ると、
「
よかった。
」
と、親友がすぐに返信してきた。
「寒いよ、ユキト」
佳奈は腕をさすりながら、スマホをいじっていた僕をぼんやりと見つめた。
「ごめん。すぐ閉める」
スマホを机に置き窓を閉じると、部屋の中が一気にしんと静まり返った。
「体調はどう?」
佳奈の言葉が静寂を切り裂いた。
「ばっちし、きょうは学校に行けるよ」
「よかった」
佳奈は安堵の表情を浮かべると、
「まだ時間あるし、休も?」
と、言った。
「うん」
僕はベッドに潜りながら、なぜ親友がすぐに返信できたのかずっと気になっていた。
 




