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 好きだということを自覚した途端に佳奈の全てが愛おしく見えてきた。その目もその鼻もその口も、佳奈を構成するそれらの要素は一つとして漏れることなく。


 一度意識しだすとそこからはもう自分の意思ではどうしようもできなかった。できそこないの生成AIみたいな無秩序でなんの脈絡もないままに描かれた『好き』という言葉のように、つぎはぎな文脈が次から次へと生まれていく。ただ、その一つ一つの根底には長年培われてきた佳奈との思い出が重みづけされていて、出会ってから現在に至るまでの佳奈との記憶が色鮮やかな解像度をもって蘇ってきた。


 息苦しくなるほどに、それはひたすら綺麗だった。


 一緒に学校に行っているときも、一緒に出掛けているときも、一緒にゲームしているときも、今まで感じていた可憐さがすべてまやかしだと思える。それくらい『好き』だったことに気づいた。


 僕がそれを見出せなかったのは、単に、幼馴染だからピントが近すぎてぼやけてしまっていただけだった。


 近すぎて大事なものを見過ごしていた。歯牙にも掛けないどうでもいい遠くのことはよく見えていたのに、身の回りの肝心な出来事には無頓着だった。


 あまりに変哲のない日常が漫然と消化されていただけだった。変化の感じられないような日々のなかで、草木や小石に目を向けることを忘れていた。それは確実に移ろっていたのに、その事実を知ろうとしていなかった。


 慣れ親しんだ場所から抜け出すのは僕にとって至難の業だった。変化を受け入れることはいままでの僕を否定してしまうようで怖かった。


 しかし、ちょっと意識を変えればそれは瑣末な問題になった。


 いつまでも佳奈たちと適度な距離感で過ごしたいと思っていたのはすでに過去の話だ。これを理解するのに十数年近い年月がかかってしまったけど、いや、もしかしたらそれくらいの期間を経たからこそわかったことなのかもしれない。


 人を『好き』になることは、限りなく衝動的で、不可避で、それでいて独善的なことだと思えた。佳奈の過ごしている時間を僕の時間の中に閉じ込めたいという強い情動に煽られていた。


 そうでもしないと、この行き場のないエネルギーが僕の身を焦がし尽くしてしまうと思えた。


「佳奈」


 したたり落ちた言葉と共に僕の腕の中に体を埋めていた佳奈を見ると、いつの間にか寝息を立てていた。


 僕は佳奈を起こさないようにベッドを抜け出ると部屋の電気を消した。


 真っ暗な部屋で感じられる僕以外の存在が、風邪で弱っていた体にありがたく染みた。


「おやすみ」


 佳奈に毛布を掛けると、僕は佳奈の邪魔にならないように端っこで背を向けて目をつぶった。

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