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「全部食べられたじゃん、いい子いい子」
「もうそんな年じゃないって」
佳奈の細長い指が僕の頭を撫でていた。
小っ恥ずかしくて抵抗しようにも手を振り払うほど嫌ってわけでもなかったので、なすがままになっていた。
布団を深めにかぶってジロッと佳奈を見たけど、佳奈はにっこりと笑ったままだった。
最初は気恥ずかしい気持ちでいっぱいだったけど、次第に、佳奈の指先に触れている部分がぽわぽわと気持ちよくなってきた。
「食器片付けてくるね」
「あっ」
佳奈が僕から手を離したとき思わず反応してしまった。
佳奈の動きがピタッと止まる。僕はサッと視線を逸らした。
視界の端っこに映る佳奈は僕にゆっくりと近づき、
「すぐ戻ってくるから、待っててね」
と、僕の耳元で言った。
佳奈の髪の毛が僕の顔にさらさらと触れる。その度に、ほんのりとした熱がシャツの中にこもっていくような気がした。
佳奈が部屋を出たのを確認すると布団から少しだけ体を出してシャツの胸元をパタパタとさせた。
あったかい空気が胸元から逃げて顔にまとわりつく。
その熱はご飯を食べ終えてぽかぽかしていたのもあったけど佳奈によるところの方がほとんどをしめていて、それはそれは心地よい暖かさだった。いつまでも浸かっていたくなるような温かさだった。
昨日はぜんぜん汗をかけなかったけどいまは布団でじっとしているだけでも汗がじんわりと滲み出てきた。熱を発散させるための発汗作用が正常に機能し始めたみたいだ。
体調が戻ったらアイナと佳奈にしっかりお礼をしとかないとな、と考えられるくらいに回復してきたところで、
「お待たせー」
と、佳奈が部屋に戻ってきた。その手に湯気の立っていた風呂桶とタオルを持っていた。
「体拭くから上着脱いでー」
佳奈は机に風呂桶を置くと、立て膝をつきながらタオルを絞り始めた。
「それくらい自分でできるからいいって」
「こういうときくらいは頼って……きゃっ」
ベッドから起きあがってタオルを自分で絞ろうとしたけど、足取りがおぼつかなくて佳奈に向けて勢いよく倒れてしまった。
思考が瞬時に加速する。
佳奈が床にぶつからないように片方の腕でしっかりと抱きしめ、逆の腕をクッションがわりにする。
どごんと結構な音を立てて床にぶつかったため左腕が悲鳴が上げた。
「痛っつー」
「大丈夫?」
痛みで顔が引きつっていた僕の目と鼻の先で佳奈が心配そうな声をあげた。
吐息が感じられるほどの距離。いろんな意味で大丈夫ではなかった。
「痛いの痛いの飛んでけーって、もうそんな年じゃないか」
佳奈が僕の左腕を優しくさすると、ふふっと微笑んだ。
「佳奈」
「なーに?」
ありがとうと伝えようとしたら、佳奈は自分の額を僕の額にそっと当て目をつぶった。
「風邪、うつっちゃうよ」
「いいよ、ユキト。その方が早く治るし」
僕が佳奈に導かれるままに唇を近づけようとしたら、
「すごい音したけど大丈……」
絶妙なタイミングでアイナが部屋の扉を開けた。
僕と佳奈は揃ってアイナの方を見る。
「……夫みたいですね。失礼しました」
わざとらしく他人行儀な言葉遣いのアイナは扉を閉めた。
そして、机の上に置かれていた僕と佳奈のスマホにほぼ同時に通知が届いた。
「
ごゆっくり❤️
」
なんとも言えない空気のまま、
「とりあえず体拭こっか」
「うん、頼むわ」
佳奈が僕の体を拭いてくれた。




