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 胸の奥底をキュッと締め付けていた思いが涙に混じってこぼれ落ちる。


 唇の端がぷるぷると震え頬はけいれんする。


 どうしようもなく泣きたくて、だけど、僕は泣きたいわけじゃなかった。涙を流すことによって、僕のこの名状しがたい感情を『寂しい』だとか『悲しい』だとかいう画一的な俗っぽいくくりに分類したくなかったから。


 僕の生きる世界は単一の表現では収められないくらい崇高で高尚なところであって、そんな世界に生きる僕もまた素晴らしいということを証明したかった。


 そうすることで、僕は自分に自信を持ちたかった。


 そうすることで、僕は正々堂々と佳奈の隣を歩きたかった。


 それでも僕は涙を止めることができなかった。


 結局それは、僕がどんなに足掻こうとも安っぽい人間の範疇から飛べ出せないことを明らかにしているみたいで、その現実に対して『悔しい』とか『情けない』といった感情から涙が止まらなくなっていた。


 負のループが堂々巡り、感情の発露はもれなく涙へ。


 気持ちを切り替えないといつまで経っても佳奈の隣なんて到底辿り着けない。


 そうわかっていても、涙がポロポロと生暖かい軌跡を僕の頬に描いた。


 僕は弱い人間で、佳奈は強い人間だ。


 十年近く付き合ってきて、それは変わることのないたった一つの真実だった。


 弱いままでは生存過程で淘汰されるのが自然の理で、その焦りが僕を支配的に埋め尽くしていた。


 かっこよくありたい、という僕の単純なエゴかもしれない。


 自信のなさにかこつけて、これ以上佳奈に踏み込むのを恐れているだけかもしれない。


 どんなに決意を新たにしても、根っからの臆病者根性は抜けきれないのかもしれない。


 そんな僕を佳奈は抱きしめてくれた。


 哀れみだとか同情だとかそんなもの飛び越えて、ただ、抱きしめてくれた。


 弱さを曝け出すこと、そして、弱さを受け入れること。


 その意義を佳奈は教えてくれていた気がした。


 見返りがなくとも僕は世界から必要とされている気がした。


 変わろうとする僕の意志を尊重してくれている気がした。


「ありがとう、佳奈」


 切れ切れな声で伝えた感謝の言葉、ひとしきり泣いたあとで、僕のお腹がくぅと鳴った。


「さっ、食べよっ!」


 滲む視界の先で佳奈は笑顔を浮かべていた。


 すっかり冷めてしまった『たまご雑炊』は、ちょっぴりしょっぱかった。

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