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 甘い香りに誘われて目を覚ますと、カーテンから夕焼けが差し込んでいた。


 いつの間にかぐっすりと寝ていたみたいだ。


 体のだるさがガッツリ残っていたが頭痛の峠を越えてくれたようだったので非常にありがたかった。ひどい時はまるでミキサーで頭の中がスプラッタ化されて地獄の底から持ち運ばれた痛みという痛みを濃縮還元されるのだけれど、今回の頭痛はそこまでに至らなかったようだ。


 ホッと安堵のため息を一つ挟む。


 そして、腕が痺れていたので寝返りを打とうとしたけどそれは叶わなかった。体を動かそうにも腕関節が完璧に決められていたからだ。


 その原因を辿ると、制服姿の佳奈が女の子座りでスヤスヤと寝息を立てていた。


(いつから居てくれたんだろう……)


 痺れの残る手とは逆の手で枕元に置かれていた水を飲み始めると、


「……んっ……」


 と、やけに艶めかしい寝言を佳奈が言った。


 思わず口に含んだ水を吹き出しそうになったが、それでも佳奈は吐息混じりに体をモジモジさせては身悶えていた。


「ふっ……ふぅ……あっ……んんっ」

「……」


 佳奈の押し殺した吐息が漏れるたびに僕は気まずくなっていた。


 こういうときどんな顔すればいいかわからないの。


 一応、曲がりなりにも健全な男子高校生でして家族的な幼馴染だからと言って感じないものがないというわけではないのです。


 というのは建前でぶっちゃけ興奮してる。てか、よくよく佳奈の方を見たら寝てるんじゃなくて……


「……はっ……くっ……ダメッ……ユキ……ト……」

「はい?」


 呼ばれたと思って条件反射で返事をしてしまった。それは寝言? に返事をするという紛れもなき禁忌だった。


 魂が連れていかれるだとか寝ている人が死んでしまうだとかいうオカルティックな意味ではなく、誰にも聞かれたくない秘め事が聞かれてしまったという事後通告で——


「……えっ」


 佳奈の表情がふにゃっとしたものから一転、首から頭の先っちょにかけて徐々に紅潮し始めた。


「聞こえて……た?」

「……イエ、ナニモ」

「お父さん、お母さん……先立つ不孝をお許し、」

「ダメです」


 佳奈の頬を両手で引っ張って、彼女の凶行——舌を噛みちぎろうとしていた——を阻止する。


「いふぁいよっ……ユキト……じょうだぁんだっふぇ……」

「本当に?」

「ふぁい」


 佳奈は涙目ながら僕の両手をパシパシ叩いたので離してあげた。


 佳奈が頬をさすりながらキッと僕を睨んた。なんとまあ、彼女の背後にはドス黒い闇のオーラが漂っているではありませんか。


 ぼ、僕が悪いってのか……? 僕は……僕は悪くねえぞ。だって佳奈が言ったんだ……そうだ、佳奈がやばいって!


 こんなことになるなんて知らなかった! 誰も教えてくんなかっただろっ!


 僕は悪くねぇっ! 僕は悪くねぇっ!


 と、いくら責任転嫁しようにも、いともたやすく行われるえげつない行為の前には何の意味もないことを知っているので、佳奈から繰り出されそうな痛恨の一撃に対ショック姿勢で構えていたら、彼女は僕を優しく抱きしめた。


「元気になってよかった」

「……ありがとう」


 佳奈から伝わる体温が心地よく、それに、あまりの代わりように毒気を抜かれてしまった。


「もう平気?」

「平気平気、ちょっとだるいくらいだし」

「そっか……ってことでユキト」


 This way......


「……あの、その……落ち着いて話し合いませんか? 暴力じゃ……何も解決しませんよ? 学生なら学生らしくもっと別の方法で……それに、ほら、僕学校を休むくらいにはキツくてですね、いまも本調子ではないと言いますか、」

「……いっぺん、死んでみる?」


 お父さんとお母さんが川の向こう側で手を繋ぎ合ってスキップしている風景が見えた気がした。

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