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三十八・五度。
体温計に記されたデジタルな数値は、平熱三十五度台の僕からしたら空前絶後の領域だった。
どおりで厚手の洋服を十二単よろしく重ねているのに、汗もかかないし寒気が止まらないわけだ。
きのうお風呂に入る前からなんとなく体の調子が芳しくなかったけど、そんな状態につけて長風呂に興じたもんだから風邪をこじらせたらしい。
体全体に鉛を混ぜ込まれたみたいな鈍重な重さがのしかかってきていて、そのくせ平常時に比べて血の巡りが格段によくなっているため頭が妙に冴えている。
枕元に置いてあった置き時計を確認すると朝の六時。
(高校に連絡と、アイナにも伝えておかないとな)
意識がはっきりしているうちに行動しようと上体を起こした刹那、視界の先に閃光が弾けた。
脳の血管に血液が流れ込む度に、僕の頭の中を巣食っている頭痛がズキズキと呼応し始めたのだった。
口の中の唾液が粘り気を帯び始める。
胃の中がムカムカしてきて吐き気も催し始める。
呼吸も浅くなり、体内の酸素濃度が極体に落ち込んでいる気もしてきた。
ふらふらとした足取りで階段を下ると、アイナが朝食の用意をしているところだった。
「あれ兄貴、きょうは早いね」
制服にエプロン姿のアイナが僕の様子に気づくと、一目散に駆け寄ってきた。
手のひらを僕の額に押し当て、
「やばっ、すごい熱あんじゃん」
と、アイナは言った。
「きょう学校休む?」
「……うん……結構キツい」
「わかった、高校にはウチから連絡しておくねー」
手がひんやりしていて気持ちいいとか思っているうちに、アイナは素早い動作で電話口に向かい、なにやら電話をし始めた。
意識がぼんやりとしてきたせいでアイナの言葉を識別できないけど、多分、高校に連絡を入れてくれているのだと思う。
「高校には休みって連絡いれておいたから、兄貴は部屋で休んでて大丈夫だよ」
受話器を置いたかと思うと、アイナは自分の制服のポケットから中学の生徒手帳を取り出した。
もしかしたらアイナは学校を休んで僕の看病をしてくれるつもりなのかもしれない。その気持ちはありがたいけど、大切な妹に風邪をうつすわけにもいかなかった。
「一人で大丈夫だから……アイナは学校に行っておいで」
「でも……」
「大丈夫、大丈夫、兄、元気」
ありったけの力こぶをアイナにひろうしたけど、
「えいっ」
アイナのよわよわデコピンであっけなく崩れてしまった。相当僕の体は参っているらしい。
「ぜんぜん元気じゃないじゃん、もー」
「ヒエッ」
アイナが冷蔵庫からわが家の伝家宝刀である長ネギを取り出してニッコリと笑った。
「首周りはいいとして、あとは……」
僕の下半身をじっと見つめるアイナ。
ゆっくりと立ち去ろうとする僕。
「ダメだよ、兄貴」
首根っこを掴まれてぞわりと寒気が襲ってきた。それはきっと風邪のせいだけじゃないと思う。
 




