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「アイナちゃんと一緒に買い物に行くって、言ったじゃん」
それは冷淡な声だった。
十年近く一緒に過ごしてきた中でも感じたことがないほどの。
佳奈の大事にしていたマグカップを壊してしまったときでも、佳奈の大切にしていた花瓶を壊してしまったときでさえも、ここまで彼女の感情を閉ざしたものはなかった。
底の見えない闇が佳奈の瞳の奥底に待ち構えていた。
彼女と目を合わせているだけで、居場所のない無間の彼方に取り込まれそうになった。
「これは……」
歩道の両脇に植えられた街路樹の葉っぱが、風に乗って寒々しく震えていた。
間違っても冗談が言えるような空気感ではなかった。
それくらいの分別が僕に備わっていたことに、ひどくニヒルな笑みがこぼれた。
「なんで、わたしに嘘をついたの?」
「ごめん……」
「あやまってなんて、一言も言ってない」
聞き分けのない子を叱るような口調、凍えそうな声で。
答え方によっては、全てが終わる。
そんな予感がした。
だから僕は、正直に話した。
「アイツのことで、話があったから」
「だったら、そう言ってくれれば」
「言えないよ」
「どうして?」
「どうして、ってそれは……佳奈が悲しんでいる姿を、これ以上見たくなかった」
それは紛れもない本心だった。
「アイツとなにがあったかわからない。だけど、佳奈が悲しんでたのはわかってたから、少しでも力になりたかった」
僕は思いの丈を佳奈にぶつけた。少しでも、閉ざされた佳奈の心が開くように。
佳奈はなにも言わず、僕の懐に身を預けてきた。
僕もなにも言わず、佳奈を受け入れた。
冷え切って固まった体が、互いの熱を介して氷解していく。
「わたし……ユキトの優しさに、甘えてた……ユキトなら、なにも聞かずに受け入れてくれるって……いまも……ごめんね……ほんとに、ごめんね……」
それは彼女の贖罪の在り方だった。
通行人が僕たちのことを横目にチラチラ見ていけど、僕は全然気にならなかった。
佳奈にわだかまっていたしこりをとれた気がしていたから。
しばらくして、
「いまはまだ話せない。けどいつか、絶対、話すから」
と、佳奈は言うと、僕から離れた。
「あのね、ユキト」
「ん?」
「大好き——」
それは屈託のない笑顔だった。
◇◇
「ごめんね、ちょっと長引いちゃって」
「いえいえ、そんなに待ってないんで」
僕はタナさんの話に全然集中できなかった。
佳奈の笑顔が頭の中にこびりついていて。
 




