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「ユキト先輩ですか?」
放課後、校門前でアイナと同じ中学校の制服を着て立っていた女の子が、ハキハキとした明瞭な声で尋ねてきた。
そばかすが残る鼻筋に、顔を覆い尽くすほどの瓶底めがねをかけていて、ずいぶん猫背な子だった。
「そうだけど……君がアイナの?」
「そうです。タナタダコって言います」
「タナさんね。きょうはありがとう来てくれて」
「いえいえ、アイナの頼みなら聞いてあげたいので」
背筋を伸ばすと、タナさんは胸をピンと張った。
「ここで話すのもなんですし、喫茶店に行きましょう」
僕は彼女を見上げながら首肯した。
背筋を張っているのが辛いのか、タナさんは再び猫背になっていた。
◇◇
クラシカルな音楽が流れる喫茶店に着くと、タナさんは受付の店員さんに向けて横文字の呪文を唱えていた。
「先輩はなにを頼まれますか?」
「えーと……同じやつがいいかな」
「はーい」
とにもかくにも、日本語のようで日本語でないなにかをスラスラと述べていた。
多分、お年寄りが見てたら寿限無寿限無的な漫談を急におっ始めたんじゃないかと空目すると思う。と言っても、店内はほとんどが高校生とか、大学生、糊の利いたワイシャツ姿の若い会社員の人たちだったので、そんなことはないだろうけど。
商品が出来上がるまで受け取りカウンターで待つこと数分。
なんじゃあこりゃああ! と、太陽にほえたくなるくらいの飲み物が鎮座していた。
妙な既視感があった。あれだ、昨日食べた『超ウルトラスーパー(以下略)』の弟分がそこにいたのだった。
僕たちは容器を両手で抱え込むようにして持ち上げると、道路側の窓際席に座った。
タナさんは嬉しそうな顔をしながらストローに口をつけ、
「先輩の話ですが、どこから話せばいいんですかね?」
と、言った。
「話せることだったら、なんでも知りたいかな」
「そう、ですか」
タナさんの顔に照明の影が落ちた。
「なら、先輩との馴れ初めから話しますね」
そしてタナさんの話は始まった。
——
私、先輩と出会ったのは中学一年生のときでした。
私は中学に入るタイミングで他県から引っ越してきたのですが、まわりはみんな地元の子同士で固まっていて馴染めなかったんです。
私は友達と別れてしまったことが本当に悲しくて、なんでこんなところに引っ越さなきゃいけないんだ、って、親にも言ったくらいで。
そんなとき、委員会に強制で入らないといけないってなって、わたしは図書委員の仕事することにしたんです。
図書委員なら楽そうだし、だれとも話さなくてすみそうだし、楽そうだなって思ってましたから。
実際、作業は楽でした。本の貸し出し、事務なんかは適当に作業でできるし。でも、同じ図書委員だった先輩はそんな私をめちゃくちゃ叱ってきたんです。
「なんで、適当に作業するんだ」
「やるからにはきっちりやれ」
ほんと、うるさいくらいに注意してきたんです。
最初は、ほとんど無視していました。
それでも、耳にタコができるくらい言ってきて。
段々、イライラしてきて。
先輩に強く当たるようになって。
それでも、先輩は変わらず私にかまってきて。
なんでこの人は、こんなに私に色々と言ってくるんだろうって気になって。
そしたら、先輩の姿を目で追うようになってて、誰にでも平等にうるさくて、優しくて。
そんな先輩に次第に惹かれていったんです。
そこから、作業をきちんとこなすようにしました。
先輩にいっぱい褒めてもらえるようになって、すっごく嬉しかったんです。
あるとき、先輩が私に告白してくれました。
私、先輩に惹かれてはいましたが、好きかどうかわかりませんでした。
断ったのですが、お試しでもいいから付き合ってほしいっ、て言われて、付き合うことになったんです。
私が抱いているのは、恋心なのかどうか、知りたいということもありました。
最初のうちは、図書館に行ったり、公園に行ったりしてデートして。
あ、この人のこと、好きだ。って、思って。
先輩のことが好きって伝えて、本当に付き合うことになって。そして、
先輩の家に行くことになったんです。
初めての先輩の家で、前日から楽しみすぎて寝れなくて、部屋で寝ちゃったんです。
そして起きたら、
先輩が私の写真を撮ってて——
——
机の上のスマートフォンがはげしく鳴り出す。着信元を見ると、佳奈と表示されていた。
「ごめん……ちょっと離席してもいい?」
「……わかりました」
席を立ち外に出て電話を取ると、
「嘘つき」
と、電話越しではない生の声が聞こえた。
僕は背筋が凍えた。
目の前には、冷え切った目をした佳奈がいた。




