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 個性豊かなみどりや水辺景観が形成されている公園に入ると、僕たち三人を結びつけた始まりの場所へと向かった。


 わずかな街灯が照らす薄暗い石畳の通路を慣れた順路で進む。石と石の間にできていた隙間に足を取られながらも、ただひたすらに目的の場所へと走る。そして、池周りに置かれているベンチの一つ——そこは少しばかり高台に位置し、一番綺麗に公園内を見渡すことができる場所として知る人ぞ知る穴場スポット——が視界に入った。


 親友はまだ到着していなかった。


 ほっと安堵の胸をなでおろした。大事な話をする前に少しでも心の準備をしておきたかったし、なにより話があると言った僕があとから登場なんていうのは、ヒーローでもない限り許されないだろう。


 僕は物語の主役という柄ではない。世間一般でいうところのモブ、その他大勢のうちの一人でしかない。真面目だけが取り柄で、それは逆説的に言えば、尖ったものがないということだった。


 何をしても平均点。それ以上でもそれ以下でもなく、没個性的で特徴なし。


 無色透明。何色にも染められるということは、すなわち、何色かに染められない限りは何色でもないということを意味していた。


 僕はそうそうにして、思春期にありがちな『何者かになりたい』という願望を諦めていた。しかしそれは、意識しなくなったということではない。なんらかの役割や居場所が与えられ、人からどう見えるとか、どう評価されているかということをわざわざ気にしなくていいような、そんな上澄みの中で生きていたわけではない。そういう人たちは、すでに何者かになっているものであり、僕はそういう人たちとは根元からして違った。


 何者かになりたい、なれない、ではなく、なろうとしない。これが僕のアイデンティティであり、冷めた部分だった。


 でも今は違う。それこそ僕が親友に対して伝えるべきものであり、彼に対する宣戦布告だった。


 いつの間にか、目の前にあるはずの池は明滅する街灯の光を吸収して闇と同化していた。


 そうこうしているうちに、うすらぼんやりとした影が、僕の来た路から現れた。


「待たせたな」


 親友は僕とスペースを開けて、定位置である端っこに座った。


「いいよ、全然待ってない」


 僕はゆっくりと深呼吸を挟むと、両手を組んで膝の上に乗せた。


「ユキトから連絡してくるなんてな」

「……その理由は、わかってるんでしょ?」

「まあな」


 親友は僕の問いかけに対して澱みなく答えた。それはまるでハナから全ての質問を用意しているかのようだった。


「……正直に……話して欲しい」


 僕は躊躇いがちに尋ねると、親友が僕の瞳をじっと見つめてきた。


「正直も何も、あのときユキトが見たまんまだよ」

「……なんで……」

「理由がいるのか?」


 親友はなんでそんなことをわざわざ聞いてくるのかわからないというくらい、心底驚いていた。


「佳奈は……どうすんだよ……」

「それは俺じゃなくて佳奈が決めることだ」

「佳奈が……どんな気持ちでお前のことを……」

「あのな、ユキト」


 親友の声色が一段階下がる。


「お前は死んでくださいと頼まれたら死ぬのか?」

「……そんなことするわけ」

「お前が言っているのはそういうことなんだよ。人の気持ちを語って何の意味がある? お前の友達が誰かを好きだとして、そいつに対して友達が好きだとお前が代わりに伝えて何の意味がある? 友人が喜ぶのが関の山だろ? そいつがお前に好意を抱かない限りな。お前がやってることは、単なる偽善だよ」

「……じゃあ……なんで佳奈と付き合ったんだよ……お前のやってることだって……単なる自己満じゃないか……」

「それは……」


 親友が初めて言い淀んだ。それは僕にしては驚くべき出来事だった。


「答えてよ……」

「……」

「なんで……」

「……」

「なんで……」


 血が滲むほど拳を握る。親友は微動だにしない。


「なんで答えてくれないんだよっ!」


 僕は親友の胸ぐらを掴み、激しく上下に振った。それでも、親友はかたくなに言おうとしなかった。


「……だったら僕が」


 僕は掴んでいた手を振り解くと、親友に言った。


「佳奈は僕が……お前の代わりに……お前の場所に……」

「……せいぜい頑張れよ」


 親友は襟元を軽く払い、立ち上がると、


「ユキトがやりたいようにやればいい。俺もやりたいことをやる。それだけだ」


 と、僕の頭をポンポンと優しく叩き、背中を向けて帰っていった。


 僕は彼に叩かれた頭の中で、ただひたすら、僕のやりたいこととはなにかを考えていた。


「そんなの……決まってるじゃないか……」


 ベンチにもたれかかりながら、僕はひとりごちた。

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