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 装いを新たにした僕たちは、佳奈の船頭をたよりに手をコギコギ足をコギコギしながらショッピングモールを抜けた。身バレする可能性が著しく減ったことで緊張感が消え、大手を振って歩くことができていた。


 外に出ると、まんまるの月が空に現れていた。


「綺麗だねー」


 佳奈は空を見上げながら言った。


「うん」


 僕は隣で軽やかにステップを踏んでいた佳奈を見た。


 日が完全に落ちていたため一気に外気温が低下し、ライトジャケットを羽織ってなお肌寒さを感じた。佳奈は捲っていたかぎ編みロングカーディガンの袖を元に戻すと、「くしゅん」と、可愛らしくくしゃみをした。「僕の羽織る?」「ううん、大丈夫」と、言うと、佳奈は僕に手を差し出してきた。


 僕はその手を握ると恋人繋ぎにした。肌寒さは手のひらの温もりによってかき消されていった。


 足早に進んでいた歩調は手を繋ぐや否や引き伸ばされていった。この時間を少しでも長引かせるかのように。


 遊園地までゆったりとしたペースで着くと、樹木全体はイルミネーションで輝いていた。通路の境界が消え入るほどのまばゆい光はサングラスのおかげで軽減され、見やすくなった視界のままあたりを見渡すと、カップルたちの一挙手一投足まで識別できるくらいだった。


 夜も更けてきたこともあり家族連れの姿はほとんど見受けられず、その代わりにカップルの量が圧倒的に増えていた。周りに気を遣うわけでもなく、ベンチや広場の至る所で自分たちの世界に入り浸っていた。


 すると、僕たちも周りからしたらカップルのように見られているのだろうか。という疑問が湧き起こった。十中八九、この状況を眺めた人は僕たちをカップルだと定義すること間違いないだろう。しかし、僕たちの間柄はそんな簡単に表現できるほど生易しいものではなかった。佳奈と親友が付き合い続けている限りは、僕と佳奈は決して対となることができなかった。


(僕は佳奈のことが……)


 この思いを伝えれば、佳奈は僕と共に歩んでくれるのだろうか。親友という存在を差し置いて僕を優先してくれるのだろうか。いままでの佳奈の行為が寂しさからではなく本当に求めているものだとしたら。


 数多のたらればの幻想は、もし断られたら、という恐れによって空に消えていく。一度受け入れられたからといって、この先もずっとそれが保証されるものではない。


 それに、失うことの怖さを知ったからこそ、突如として奪われる怖さも痛いほど知っていた。


 理性と本能の間で葛藤が生まれ、ある一つの結論に至った。


(アイツと、ケジメをつけなきゃ……)


 例え平行線をたどることになったとしても、話をしてみないことには何も始まらない。ぬるま湯の中に浸かっていても、現状は変わらない。後腐れのないように真正面からぶつかってみる。例えそれが、僕たちを傷つけることになっても。


 静観して他人行儀でいることはもう終わりだ。生きている限り、傷つけ傷つかずにはいられないのだから。


 僕はスマートフォンを取り出すと、親友へとメッセージを送った。


きょう大事な話がある。

公園に来て欲しい。


わかった。


 親友は僕のメッセージに速攻で返信してきた。


 そして、アイナには、


きょうは遅くなるから、ご飯は先に食べてて。


 と、送ったら、


 了解! 気をつけて帰ってきてね!


 と、これまた速攻で返信が来た。


 スマートフォンをポケットにしまうと、佳奈は訝しそうな目で僕を見つめていた。


「すごい顔してるよ、ユキト?」


 佳奈の手が僕の顔をそっと包み込む。


「……何でもない」


 僕は彼女の手をそっと上から撫でた。


「ユキトはあったかいね……」

「……佳奈の手は冷たい」


 僕は触れたら崩れてしまうほど弱々しいこの手を、離さないと誓った。


 観覧車付近まで到着すると、長蛇の列ができていた。


「わー、すごい並んで……」


 遠巻きに見える観覧車の長蛇の列を前にして、佳奈は立ち止まった。


 いきなり止まったため、腕がビシッと伸びて僕は転びそうになった。


「ん? どうかし……」


 カツカツカツと、風に乗って聞こえてくる革靴の音。


 佳奈が視線を向けていた先には、親友とその隣で腕を組む女性が観覧車の列に加わろうとしていた。噴水広場で見かけたときと同じ女性だった。


 佳奈は僕の手を強く握ると、


「ごめん……きょうは観覧車に乗るの、やめよっか」


 と、言った。


「えーと……実は僕、高所恐怖症だったから助かった……なんて」


 僕の冗談に対して、佳奈は何も言わず俯いたままだった。


 夜のしじまを照らす観覧車のネオンの光。その空間に、鼻を啜る音が染み入るように響いた。


 間断なく続く嗚咽、時々、慟哭。


 彼女は、泣いていた。


 ただひたすらに、泣いていた。


 手で涙を抑えることをせず、そのままで。


 手のひらをぎゅっと握った、そのままで。


 サングラスからこぼれ落ちる大粒の涙。


 半歩先で立ち止まった僕、斜め後ろの彼女。


 僕は彼女の真隣に引き返す。


 彼女が泣き止むまで、待っていた。


 空を見上げて、待っていた。


 月はまるくて——


 ——綺麗だった。

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