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佳奈が僕から体を離したときにはすっかり腹部の痛みはおさまっていた。
「さっ、ユキトも探そ!」
「……うん」
佳奈は何事もなかったかのように再びウィッグを物色し始めたので、僕もそれに倣ってウィッグを選ぶことにした。僕は仄かに暖かさの残る背中が気になって身が入らなかった。それに加えて、変装は全くしたことがなかったので、どれを選んだらいいのかがいまいちわからなかった。服屋ならお手本のセットアップがディスプレイされているけど、あいにく、この場に参考例がなかった。
悩んでも埒が開かないと思った僕は、手当たり次第試着してみることにした。もしかしたらビビっとくるものがあるかもしれないからだ。そして、韓国アイドルっぽい、金髪のセミロングのカール付きウィッグをつけたら、
「わー、超かっこいいじゃん! アイドルみたい」
と、佳奈が興奮していた。
「そうかな?」
ここまで佳奈からはっきりと褒められたことがなかったので、嬉しさが込み上げてきた。確かに、鏡に映る僕は僕ではないみたいな気がする。ただ、素直に言葉を受け取れていない自分もいた。かっこいいという純粋な褒め言葉に対してでさえ、『親友の方が』という枕詞がついて僕の耳に入っていた。なぜなら、一緒に歩いていても親友の方が目立つし、この目や、この鼻、この唇といった僕を形成する部位が、彫刻じみたアイツの前には無に帰してしまっていたからだ。親からもらった大切な体に難癖つけたくはないが、完璧さの前には不完全なものはかすんでしまうものだ。人が泣きながら生まれてくるのは、世界を成り立たせるバカさ加減からでなく遺伝子配列によって無条件に生き様を規定させる世界の無慈悲さに対して絶望しているからだとも思った。
「それにしたらいいよ!」
佳奈が僕に言った。空虚な響きを持ったそれに対して、
「じゃあ、これがいいかな」
と、僕は僕の意思で決めたように振る舞った。そうでもしないと、余計に自分が無価値なものと思えてしまうからだ。
我ながら自分に対して卑屈になりすぎだと思った。自己嫌悪というのは非生産的な行為だとわかっているのにやめられなかった。僕は僕のことが好きにはなれなかった。いずれ好きになることができるのかどうかわからないけど、そのときがくるまでは、この荒波に耐えるしかないのだろう。
僕は鏡に映る新たな自分に向けて喝を入れた。
そうして気分を切り替えてから佳奈のウィッグ選びを手伝い、
「それ、かなりいいじゃん」
シルバーグレーのショートボブヘアになった佳奈に向けて僕は言った。普段、肩まで伸びた艶やかな黒髪だからこそ、いまの佳奈の姿は新鮮だったし、何より、佳奈の表情が普段より生き生きしていたからだ。
「ユキトもそう思う?」
弾むような声で佳奈は応えると、「これにしよっと」と、言って、ウィッグをかごの中に入れた。
「念の為、サングラスも買っとこっか」
佳奈の提案に首肯すると、僕たちはウィッグと合わせてサングラスもそれぞれ購入した。そして、試着室を借り着替えてから観覧車へ向かった。




