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ショッピングモールの外に出ると、街路灯が遊歩道を照らしていた。宵闇を切り裂くかのように点在する灯りは歩行者の影を淡く作り、一つとして同じではない形を生み出していた。その中で、僕たちの三つの連なる影は漢字の山を描いていた。
舗装された通路にそって伸びる芝生には、寝そべって空を眺めている人やあぐらをかいて談笑する人がそれぞれのコミューンを生み出し、同じ指向性を持って気ままに過ごしていた。僕たちも同じように、観覧車に関する話題だとか、学校のことを話しながら、観覧車までの道のりを辿っていた。しばらくして、視界の先にゴンドラが建物に切り取られて見え隠れし始めた。ここ最近完成したということもあり初めて近くで見たのだが、ピンク、紫、水色のサイバーパンクじみた色彩に縁取られ、近未来的な雰囲気を匂わせていた。県内で最大級の高さをほこる観覧車を見上げようとしたが、あまりの高さに首がつりそうになった。
「おっきぃねー」
「だね」
アイナと佳奈は一緒になって観覧車を見上げていた。
ショッピングモールの敷地内にある遊園地の場所まで来ると、行き交う人々でごった返していた。子供向けの小規模なメリーゴーランドや、パンダとか飛行機を模した電動遊具が、ちびっ子を乗せては絶え間なくあちこち動いていた。その姿を、親たちがスマホを持って忙しなくぱしゃぱしゃ写真を撮っていた。
子供達が親と遊んでいる姿をアイナはじっと見つめていた。その瞳の奥に映るのが、哀しみなのか、羨望なのか僕にはわからない。わかったところで僕にはどうすることもできない。僕はアイナの親ではないし、アイナもきっと僕がなんとかしようとすることを望んでいない。変な気を遣うというのは、僕たちの間では無用だった。僕たちはそれぞれが独立した、責任感のある人として振る舞う。それは、両親がいなくなったときに誓ったものだった。悲しくても、寂しくても、辛くても、最後は一人でどうにかしなければならない。いままで未来永劫頼れると思ってた人でも突然いなくなってしまうということが、僕たちのほんのちょっと前で、たった一つの車が引き起こした事故によって物語ったからだ。
頼りすぎてはいけない。いきすぎた甘えは毒を含む。それでも僕は、アイナのちっちゃな頭を撫でた。
「なにすんの兄貴ー」
頭をわしゃわしゃと撫でると、アイナは嫌そうな声を上げた。だけど、アイナは僕の手を振り払うことなく、「ありがと」と、つぶやいたのが聞こえた。少しだけ、兄らしい振る舞いができたと思う。
一際大きなイベントスペースに出ると、お祭りの屋台やらキッチンカーが並ぶ通りに差し掛かり、学生の姿も多く見受けられた。僕も何人かクラスメートを見かけた。そのうちの一人が僕の腕をひっぱり、
「やっと、佳奈ちゃんとくっついたのかお前」
と、言った。
「うるせー。そんなんじゃねーって」
「じゃあどんな理由だよ」
「……妹が佳奈と一緒に出かけたいって言うから、ついてきてもらってるんだよ」
佳奈と親友が付き合っているという情報は、まだ学校に漏れていない。言うつもりもないみたいだからこそ、僕たちが休日に一緒に出かけていたなんて変な噂が立つのは極力避けなければいけなく迂闊だった。
「ふーん」
クラスメートがにやにやしながら離れると、「お幸せにー」と、言い残して立ち去った。僕はクラスメートの背中に塩をぶちまけたい気持ちに駆られながら、アイナと佳奈の元へと戻った。
「おーい、アイナー!」
大きく手を振りながら近づいてくる女子グループが僕たちの前に現れた。アイナの名前を呼んだ長身の女の子は、髪を金色に染め、濃いメイクに崩した服装というギャル風の子だった。交友関係が広いとは知っていたが、アイナとはあまりにも正反対のいで立ちだったのでびっくりした。
「おお、ユッコじゃん」
ユッコと呼ばれた子がアイナと手を握り合った。
「アイナも一緒に遊ばない?」
「ウチは……」
アイナがおどおどしながら僕たちを見た。友達をほんとに大事にしていたアイナにとって、断るという選択肢はないのだろう。ただ、観覧車に行こうと提案した手前、板挟みになっていたのかもしれない。佳奈は僕の顔を見ると小さく頷いた。
「僕たちに気にせず、行ってきなよ」
アイナが満遍の笑みを浮かべながら、「うん!」と、勢いよく頷いた。アイナたちのグループは僕たちに一礼すると、僕と佳奈はその姿が見えなくなるまで見送った。
「このあとどうする?」
佳奈がためらいがちに尋ねてきた。アイナがいるならまだしも、親友と付き合っている佳奈と二人きりで遊ぶなんてことはできないだろう。帰ろうかと提案しそうになったところで、ポケットのスマホが震えた。
「
ウチの分まで観覧車楽しんできてね!
兄貴は佳奈姉ぇをしっかりエスコートすること!
感想楽しみにしてるね!
あと、二人の行動Senlyで監視するので、ズルはだめだぞ❤️
」
僕がスマホを見ていたら、「なに見てるのー」と、佳奈も覗き込んできた。ちなみに、SenlyというのはGPS監視アプリのことで、アイナからこれおすすめアプリだよっと聞いて初期設定をしたっきり、特に使わず放置していたものだった。まさかこのタイミングで使われるとは、文明の利器って怖い。
「さすがに二人はなぁ」
「せっかくここまで来たんだし……そうだ、変装しようよ!」
「変装?」
「うん、変装! そうと決まればレッツゴー」
そう言うと、佳奈はショッピングモールへと足早に向かった。僕は知り合いに見つからないように顔を隠しながらいそいそと佳奈の後ろについていった。
 




