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「ふぃい……もうお腹いっぱい」


 アイナはちょびっと膨らんだお腹をぽんぽんと鳴らした。成人男性が五人くらいかかってちょうどいいくらいの分と、さらに、僕たちの分まで合わせた量を胃に収めていたはずなのに、よーく目を凝らさない限り外見ではお腹が膨らんでいるのかどうかほとんどわからなかった。新陳代謝が盛んという表現では飽き足らず、もはや質量保存の法則に対して懐疑的になるレベルだった。あまつさえお腹がいっぱいと言っていたのに、唐突にメニューを開いて、「カフェオレ飲みたい!」と、言い出す始末。


 人体の神秘ってすげーや。


 僕はアイナと佳奈のおかげでドリンクを飲む分の余力があったので、食休みがてらアイスコーヒーを頼むことにし、


「佳奈はどうする?」

「アイスコーヒーが飲みたいかな、甘いやつで」


 と、佳奈は言った。


「さて……映画の感想を語りたいのですが」


 飲み物の注文を終えた途端、アイナが口を開いた。僕はゴクリと唾を飲んだ。映画の内容なんて頭の中にひとかけらも残っていなかったからだ。佳奈とのあれやこれやなら一言一句漏らさず語ることはできるが、その感想は恥ずかしすぎて無理だ。


「実のところ、兄貴と佳奈姉ぇのあられもない姿を見て興奮しまくっていたので、ほとんど見てないんだよねー」


 僕は口に含んでいたお水を吹き出し、佳奈は真っ赤になって俯いた。


「ゲホッゲホッ……どこから見てたの?」

「いやー……二人が恋人繋ぎしてるところからだけど」

「……は?」

「つまり、最初からってこと」


 アイナは店員さんからカフェオレを受け取ると、味わうようにゆっくりと飲み始めた。


「これには深いわけが」

「安心してね、兄貴。先輩には黙っておくから」


 アイナが伝票をちょっとだけ僕の方にずらした。確信犯的所業にしてはわざとらしすぎませんかね?


「そうしていただけると、助かります……」

「まっさか本当にこんなことになるなんてなー……健全な若い男女、真っ暗闇、何も起きないはずがなく」

「はい……その通りでございます……まったくもって、若気の至りでした」

「これがバレたら先輩、泣いちゃうかもなー」


 アイナがストローをくるくると回して、グラスの中の氷を弄んだ。


「アイツは、そんなことで泣かないよ」


 佳奈が口火を切った。その声色には親友に対する絶対的な信頼が溢れていた。それと同時に憂いも帯びていた。


 そこはかとなく気まずい空気が流れる。『沈黙は金、雄弁は銀』って言葉を聞いたことがあったが、いざ現実にその状況に置かれたら、天気の話みたいなどうでもいい話題でもいいから、ぺちゃくちゃ喋りたくなった。


「ごめんごめん、ちょっと言いすぎた……そうそう、時間も時間だし最後に観覧車でも寄ってく? 完成してから一回も乗れてないんだよねー」


 僕が空虚な会話をする前に、アイナがさめざめとしてきた空気を換気してくれた。


「いいねぇ……わたしも乗ったことなかったから、乗ってみたい!」


 新しいおもちゃを買ってもらえた子供のように佳奈ははしゃいでいた。アイナを見るとしたり顔を浮かべて胸を張っていた。なんだか無性に腹が立ったけど、アイナのおかげで佳奈がすこぶる元気になったので、感謝することにする。


「兄貴はもちろん行くよね?」

「やだ」

「……あ?」

「……行きます」


 ちょっとばっかり冗談を言っただけで、ここまでキレられるとは思わなんだ。反抗期? に対応するのも難しいなと思った午後のひと時。

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