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 耳をつんざくような音は鳴りをひそめ、僕の目の前にいる人にのみ焦点が当たる。スクリーンの明滅に合わせて浮かんだり消えたりする彼女の顔には、一筋の涙がつたっていた。それはゆっくりと歩くような速さで流れ、彼女の顎下まで伸び、重力の赴くままにこぼれ落ちた。


 綺麗だと思った。


 泣き顔とか優れた容姿だとか、そういう瑣末な問題から端を発するやつじゃなくて、人前で自分の感情を臆面もなくさらけだすことに一ミリも動揺していないという、彼女の芯の力強さに対して僕は惹かれていた。できることなら彼女のこの姿を僕だけのものにしたかった。でも、僕はあくまで代用品でしかなかった。僕の存在は、彼女が元気を取り戻すために立ち寄った横道の一つでしかなくて、僕のしていることは、地の底まで伸びた悲しみのクレバスを際限なく埋め続けるためにあつらえられた一粒の氷の役割でしかなかった。


 この場において、僕はまぎれもなくアイツのイミテーションだった。でも、偽者が本物に敵わない、という道理はない。偽者だからこそできることだってあるはずだ。そう、本物より本物らしく振る舞うことだって。


 僕は繋いでいた手を離すと佳奈の後ろに腕を回した。いままでの僕だったらこんなことは絶対にやらなかった。自分から動いて傷つくことを恐れていた。でも、もう何も怖くない。失うことの怖さを知ったから。


 佳奈の体がぴくっと跳ねる。それでも、彼女は僕を除けようとしなかった。


 佳奈の顔をじっと見つめる。それでも、彼女は僕を避けようとしなかった。


 佳奈は何も言わず目を瞑った。僕は彼女を抱き寄せるとその唇にキスをした。これ以上、佳奈が傷つかないように、安心できるように。小鳥が囀るくらいのほんとに軽いキス。唇を離すと、間隙なく佳奈が僕に口付けした。


 こんどは、いままでよりずっと長い時間繋がっていた。


 僕は嬉しかった。僕からの行為が拒絶されなかったこと、そして何より、それに応えてくれたこと。


 いまはまだ、代わりでもいい。でもいつか……すると、佳奈は僕から勢いよく離れた。


 疑問に思った僕が首を傾げると、佳奈は僕の膝を指先でちょんちょんとつっついてから、アイナの方を指差した。


(まさか……)


 僕がアイナの方を見ると、ポップコーンを手のひらでぎゅっとにぎったまま、映像そっちのけで僕たちをガン見してた。


「もう一回!」


 アイナの囁きアンコールを手刀で黙らせ佳奈の方を見ると、口元を手で押さえながらくつくつと笑っていた。ひやかされた僕は、スクリーンに視線を戻すことにした。


(やっべぇ……)


 冷静になって考えてみると、とんでもないことをしでかしたんじゃないかということに気づき、クライマックスに向けて演出が激しくなる中で僕はひたすら言い訳を考えていた。


 親友に対する罪悪感は、すでに薄れていた——

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