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猫仔寺霊異記  作者: いおゆめみや
1/1

悪魔は客?

 わたくしは猫なのです。

 名前はまだないとか格好つけてみたいところなのですが、おあいにく、エアトベアクバークトルテという、イカした名前を持っていたりするのです。

 物心がついたときには古いお寺の竈門の中で灰まみれになってみぃみぃ泣いていたとかいないとか。その辺りの記憶って、ほとんど曖昧で後々聞かされたお話が記憶になって頭の中に居座っているのか、それとも本当にそのような過去があったのか、今となってはわたくしには真実は闇の中のでございます。

「あんた、灰まみれで虫の息のところを救い出してあげたんだから、感謝しなさいよ」

 かような生意気な口を聞くのが、わたくしが散々お世話を焼いてあげている子飼いの小学生女子であるじょじょなのですが、この女子、奇妙な霊験を持ち合わせている様子で、彼女に首根っこをつまみ上げられたわたくしは、ありふれた黒猫の浮遊霊からどうしたわけか立派な二股の尻尾を持った猫又へと転生してしまったのです。ええ、はっきりと覚えています。

「まあ、あたしが触れたのだから当然の結果よね」

 どこまで思い上がりが強いのか知りませんが、わたくしが猫又として、いいえ、猫として一人前になったことを、さも自分の手柄のように吹聴して恩着せがましいったらありゃしません。まあ、わたくしも猫の怪異の最上位たる猫又であるのですから、それくらいは大目にみてあげなければ下々のものたちに示しがつきません。


 さて、この古いお寺、東京都の西の果ての山奥にひっそりと佇んでいるのですが、なかなかに由緒を持っている様子で、本当かどうかはさておいて、開山は千年以上も昔に遡るとか。まあ、お寺の縁起なんて退屈すぎてわたくしには読めたものではないのですが、それでも、幾度か建て替えられていると言う本堂などは、なかなかにさびれていて人好きのする風合いを帯びているようなのです。いえいえいえ、猫のわたくしからすれば、どうしようもないオンボロにしか思えないところなのですが。

 まあ、山奥ということもあって、境内は広々としているし、周囲はほとんど深い森ばかりなので、いささか体の弱いわたくしには過ごしやすい環境と言えるでしょう。

 そんな古寺の参道を、墨染めの衣の小学生女子が大きな竹箒で掃き清めていたら、それは奇妙な光景だと言えるでしょうか。

 じょじょはその思い上がりも甚だしい立ち居振る舞いとは似合わないこまめさで、暇さえあればそこいら辺を竹箒で掃き清めているのですが、まあ修行が足りないのは小学生である以上仕方のないこと、参道傍の白砂なんぞはいつまで経ってもどこぞの石庭とは程遠い雑さ加減で毳毳なのです。

 その日は天気のよい春先で、近所の遅咲きの梅がようやく桜に咲き変わったくらいの頃合いでした。本堂の縁に腰掛けて山門の周りを竹箒で掻き回している墨染をなんとなしに眺めていると、いきなり耳元すぐ近くに囁き声。

「わん!」

 ちょっとびっくりなんかしていないのです。いいえ全然平気のへいさですがちろりと視線を流せば案の定、悪戯っぽい笑顔満面のちょいいけてる系おさげの小学生女子、そう、自称トモダチのさつきちゃんが上目遣いに見上げてきていたのです。

「ぬこどのぬこどの」

 そんなふうに無邪気に呼びかけてきますが、わたくしは決してぬこ殿ではないのです。何気に空を見て視界から追いやりましたけれど、疎ましい圧がじりじりと感じられてどこまでも離れてくれないのです。それでも無視していると、微妙にずれたアクセントに話しかけられます。

「わお、すとれんじ」

 伸ばされる手の気配に尻尾を反射的に逃したのですが、すんでのところかわすことができました。威嚇半分の悲鳴はほとんど反射神経のなせる技で、決してわたくしの本性ではないことを強くお断りしておきます。そして、思わず振り返った目の前に、青い瞳を大きく見開いた大きな目のど真ん中でプルプルと揺らしている金髪碧眼少女が満面の笑みで、それこそ鼻先がすれすれくらいの距離まで詰め寄っていたのですから、いくら猫又のわたくしでも二重に驚いてしまうのです。

「だ、だれ?」

「はあい、はじまめして」

「は?」

 逃げたら負けなような気がしましたので、こちらも鼻を突きつけたまま怪訝な感をあからさまにしてじりりと睨み返してやります。しかし敵もさるもの、鼻先を合わせるように、そう、指先を向けられた猫が思わずしてしまうように、わたくしの鼻先に向かって鼻先を合わせるようにつんつんと伸ばしてくるのです。それは流石に、、、なのでついつい身をひいてしまいますと、向こうは嬉しそうに笑うのです。

「なにこれ〜、かわいー」

 その後ろで呆れ顔の小学生女子は、なんとも小学生らしく上から目線で年上がやらかし続けている子供っぽさを馬鹿にしたような目で眺めているのです。

「なんなのです?これは?」

「ん?ガイジン」

 さつきちゃんは自慢げに言いきりますが、そんなことを聞いているのではないのです。咄嗟のことに言葉を見失って躊躇する間に、もう一本の尻尾を思い切り捕まえられてしまったのです。そう、幾度でもいいますけれど、わたくしは猫又ですので、尻尾だって二本目くらいは当然のごとく生やしているのです。

「ふにゃ!」

 思わず髪の毛が逆立ってしまいました。いいえ、背中の産毛も逆立っているのでしょうけれど、そんな部分は着物のうちに隠れていますのでどうでもいいのです。

「これほんもの?」

「お前はなんなのですか?」

「わたし?んふふ」

 教えてあげようっか〜、などと、もったいぶってやがるのです。応じるのも悔しいので睨みつけてやると、おっと、と独りごちながらスマホを取り出してなにやらひとしきり画面をいじくり始めます。やがて徐に、こんなことをぶっちゃけやがりました。

「わたしはエクソシストなの」

 彼女は不敵に笑いました。

「ちょっと待て」

 思わず声を荒げてさつきちゃんを睨みつけます。彼女もエクソシストのなんたるかくらいは知っている様子で、両手で口を抑えると、目を白黒させながらわたくしと外人との間で瞳を行ったり来たりさせる。いえ、こいつ、楽しんでやがるのです。

 ふう〜っと、わたくしの身のうちで強大な力が膨れ上がります。

「もーめんと、まったまった」

 彼女はすぱっと手を離すと、両手のひらを突き出しながらわたくしを押しとどめようとしますけれど、こんな場合、猫の手は理性を通り越した本能で神速の繰出しを見せるのです。

 ああ、やってしまった。

 後悔先に立たず。わたくしの中のどうしても消せない猫の部分はこうして罪なき善良な人々のみならず小動物やら虫やらを餌食にしてしまいがちなのですが、よくよく冷静になってみれば今回はちょっかいをかけてきたガイジンが悪いわけです。しかし、罪は罪。わたくしが敬虔な気持ちでかのガイジンの冥福を祈ろうとしたとき、いいえ、もう半分くらい祈ってしまった時に、切り裂いたはずの爪先に一切の感触がなかったことに気づいたのです。これはまずいことになりました。わたくしの頭に浮かんだのは、真芯で捉えたホームランは打った感触に乏しいという噂です。そう、かのガイジンはお寺の場外まで飛ばされてしまったかとおもったのです。しかし、すぐにそれが勘違いであることを知ります。

 なんと、かのガイジンはあろうことかわたくしのリーチのうちで驚いた顔ひとつ見せないで笑顔なのです。

「おまえはなんですの?」

「ないすとぅ〜み〜ちゅ!」

 絶対にカタカナの英語で彼女はにこやかに告げたのです。

 すると悪ガキしたさつきちゃんが歌うように言いやがります。

「キューバリバー!」

「答えなさい」

 思わず応じてしまったわたくしもわたくしですが、こほん。

 気を取り直してガイジンをにらみつけます。

「おまえ、ガイジン?」

「いえすしゅあ〜」

「それ絶対にカタカナだろ?」

「あいのう」

「それで?お前は罪のない妖たちに喧嘩を売りにきたとでもいうんですか?」

「のーのー、えーがのみすぎ〜」

 あのね〜と、今度はカタカナの日本語で、それによく似合わなすぎる流暢さの説明が始まります。

「エクソシストはマンガじゃないの」

 わたくしは答える言葉を思い浮かべられず、鼻先三つ分くらいあとじさります。

「びこうすおぶざっと」

「は?」

「び、こ、う、す」

 わたくしは遮ります。

「そういうことではないのです」

「うん?」

「日本語が喋れるのなら日本語で言えなのです」

「ニッポンジンなら目ではなしなさい、と?」

「しゃー!」

 すると彼女はちょっと困った顔でこう言います。

「そー、あなたたちはNOと言えないと聞いていました」

「誰がそんなことを言ったのです?」

 すると彼女は指先で器用にカタカナのヒの字を作ってみせます。要するにツイッターとでも言いたいのでしょう。確かにちょっと前に日本人はNOが言えない以前に、普段の日本語会話の段階からいいえを口にしないとかなんとかトレンドに入っていましたが。

「そんなもの鵜呑みにするのはないのです」

 いいえ、別に日本人をフォローするわけではないのですが、NOと言えない日本人の根はそこまで深くないと、それくらいは思いたいのです。

 いや、自信はないですが。

 気を取り直して、こん、と、ひとつ咳払いいたします。

「おまえが何をしにきたのかは知ったことではないのですが、ばてれんの妖術なんかには日本の妖怪は負けないのです」

「う〜ん、だっつみ〜ん」

「なんですの?」

「よーするにー、」

 ガイジン少女は2本の人差し指で宙に四角を描きながら言う。

「リアルのエクソシストはバトルしたりハードにアクションシーンしたりしないの!」

「は?」

「だーかーらー、」

 エクソシストが悪魔憑きとバトルするのは映画とマンガの中だけなのだと、なんだか頑張って説明しているのですが、その必死さ、どちらに解釈すべきか迷うのですが。

「それではおまえは何をしにきたのです?」

「さいとーしんぐ」

「は?」

「さいとーしんぐ」

「エセガイジン」

「のーのー、ホンモノ〜」

 あまりにも胡散臭いので、じと目で見据えてやりました。

「サイトシーイングも言えないガイジンがどこにいるのです?」

「えーごしゃべらない人はフツーにいるけれど」

「はい?」

「おっと」

 ガイジン少女はぺろりと舌をみせます。

 違和感のない日本語、要するにこいつは、しゃべれるのです。普通くらいには。なので不意打ちで切り返してやります。

「わてぃずゆあねいむ?」

 おっと、不敵な笑みが浮かべやがりました。

「まずじぶんからなのれ、じゃなくて?」

 わたくしは盛大にため息を見せつけてやります。

「いつの時代の話をしているのですか?」

 江戸の時代にさぶらっていたのは武人ではないのです。強いていうならば、刀を差したお役人。道場でちゃんばらくらい嗜んでいたようですが、実戦で使えたのはほぼ皆無でしょう。それに加えて、噂話を物語に仕立てていたのは何を隠そう町人なのですから、言ってしまえば江戸剣術ものの信憑性なんて今どきの漫画家が描くさむらいと大差ないのです。

 そんなさぶらい連中の鼻持ちならなさを見ていた町人がでっち上げたかもしれないフィクションを、現代の時代劇作家がかっこいいと勘違いして盛り付けたような言い草を、今どきの真っ当な人間が踏むわけがないのです。

「ん、ふっふ〜、なにをカクソージャストいま」

「は?」

 こやつの満面の笑みを睨みつけてやるのは、頭の中に何か湧いているのではないかというほとんど確信的な疑惑からなのですが。

「だ〜か〜ら〜」

「だから?」

 ガイジンは人差し指を唇に添えて、きょとんと軽く小首を傾げる。

「らい、ぬこどの!あいしー、よろしく〜ぬこどの!」

「こらこらこら〜、わたくしはぬこ殿なのではないのです、絶対に」

 そしてガイジン女子の勝ち誇った上から目線。だったら名乗りなさいとばかりの余裕。とってもやなやつなのです。わたくしは、ぷくっと頬を膨らませます。

「エアトベアクバークトルテ」

「ぱーどん?」

「だから、エアトベアクバークトルテ、なのです」

「うわ〜う、なにそれおいしそー」

「ふん!」

「なんて呼ぶ?えあと?べあ?くとる?」

「そんな、ヒトを邪神みたいに呼ぶものではないのです」

「ならば名乗るがよい」

「だから、おまえが先に名乗れなのです」

「えいぷりる」

「は?」

「えーいーぷーりーるう」

「だから、なんでカタカナなんですの?」

「だっつみいん、」

「そのカタカナ英語をやめなさいなのです」

 ガイジン女子、エイプリルと名乗った彼女は、可愛らしく肩をすくめて見せます。何気ない所作なのにそう見えてしまう、恵まれてます感がなんともいらっとくるのですが、細かいことを気にしている場面でもないのです。

「いえい!」

 小さく口にして、そこは控えめなのに表情は得意げに横ピースまでおまけしてやがります。

「ほめてなんかないのです!」

 まったくもう、面倒臭いったらないのです。

「それでー」

「それでなんですの?」

「いろいろやらかしたから、キリコがとりあえずこっちって」

「なんだか、カタカナ的化けの皮が剥がれた言い回しに聞こえるのですが?」

「きのせいきのせい」

 じとりと睨みつけるのは意識的な不満を見せつけるため。頭で考えた感情なので、意図的に視線を鋭くしております。わたくしだってそうそう暇ではないのです。そう、猫だって、昼寝したり、散歩したり、ご飯をねっだったりと、さまざまに要求される仕事があるのですよ。

「だから、なに用で出てきたのか尋ねているのです」

 するとエイプリルは、目をまるまると見開いて両手を広げます。

「おお〜」

「その、おおげさが胡散臭いのです」

「うさんうさん」

 面白いものでも見つけたみたいに繰り返しやがります。

「要するに遊びにきたのですね」

「のー、しごとしごと」

「油なら間に合っているのです」

「ふむ、けっこうタイトなんだけどな」

「は?」

「んふふ〜」

 エイプリルはちょっと考えている様子を見せるように、人差し指を唇に当てて空を見上げます。ちょっと物憂げな表情もあり、無邪気にまん丸い瞳もあり、金髪さらさらの小柄でもないけれどコンパクトにまとまった印象の女子がそんなことをすると、勝手に絵になってしまうのが癪に触ります。

「もののけは、」

 思わせぶりに言いかけて、じっとこちらを覗き込むのです。

「さみしがりやであるリユー?ん、りーずん、んん、ねせさりい、うん、なんてないんだけどな」

「どういうことです?」

「つーまーりい」

 しっとわたくしの鼻先を指さします。思わず匂いを嗅ぎに行きそうになることを必死で堪えなければならないじゃないですか。

「あなたはどうしてここにいついているの?さみしい?それとも?」

 今更なにを知りたいのかということです。猫にとって、居場所を決める理由なんて一つしかないからです。

「ふん、ごはんとごはんの間のお腹が空いている時間に、ぽかぽかで安全なところを、そう、ネコはそんなところをいつだって探しているのですよ」

「ほう?」

 またしても考え込む仕草。いちいち気に触るのですが。

「じゃあ、あれは?」

 彼女は指さします。その瞬間、とっぷりと世界全体が闇に包まれて、いや、闇の底に沈み込むような絶望感にも似た錯覚が、わたくしの神経を閉じ込めてゆくのがわかりました。

「ふふん?」

 そうです、わたくしはこんな時、不敵に鼻を笑わせるのです。

「あれ〜?」

 意外そうに、そして、おもしろそうに彼女はわたくしを覗き込むのです。

「なんですの?」

 すると、ばかガイジンは楽しそうに、まるで歌うみたいにいうのです。

「まあ、もののけなら、怖がるしくみはないか」

「仕組み?」

「しらない?デフォルトモード」

「そんなの関係ないのです、ネコは好奇心のためなら命だって軽んじることができるのですよ」

「へんはおへんはお」

「は?」

「あめいじんぐってこと」

 本当に、カタカナ英語だけは上手なのだからいらっときます。

「それで?おまえはどうなのです?」

「わたし?」

 くくっと、鼻にかかった笑みが漏れ聞こえてきます。こいつもなかなか、見た目に似合わずふといのです。

「あいどんけあ〜」

「血も涙もない」

「そっちこそ、あなたのごしゅじんさまのぴんちじゃなくて?」

「あのね〜」

 はっしと思い切りばかにした感じで息を吐いてやります。こいつは猫のことをまったくわかっていないのです。

「わたくしが飼われているなんてことはあり得ないのです、わたくしに限らず、世間一般の普通の健康のネコは、従うなんてことなやらかさないのです、それこそデフォルトモード、遺伝子からそう決めつけられているのですよ」

「ふうん」

「わたくしは」

 言いながら、山門前の墨染を見遣ります。ふむ、なるほど。戯言をどこまで信じて差し上げるかは置いておいても、こやつにもあれが見えているということだけはわかりました。

 そう、その暗い影。地面に無造作に突き立てた小枝のような歪さで立つ、細長い姿勢。

 墨染は魅入られたようにそいつの、その男の頭の辺りを見上げているのですが。

「気持ち悪い」

 思わず口に出てしまったのです。ガイジンがそんなわたくしを面白そうに見る目に気づいて、いらっときます。それでもわたくしは気高い猫の化生でありますからして、その程度のことでは動じるわけがないのです。

「あいふぃーるそー」

 気の抜けたカタカナで共感してくれやがりますけれど、ふーん、なのです。じろりと横流しに見据えてやりますと、ちろりと舌を見せます。

「それで?あんなのはお前の仕事じゃないのですか?」

「う〜ん、だからあ〜、あらごとはシバリーのやくわりなのね」

「なるほど」

 いまひとたび山門の様子を確かめます。あまりに動きがないことが不気味と言えば不気味。じょじょの場合は、こういったときの方がやばかったりもするのですが、とりあえず大丈夫そうということに決めつけておきます。そう、猫はいつだって楽観的な考えを選択するものなのです。

「で?ばかはなにができるのです?」

「ばか?」

「四月といえばバカと決まっているのです」

「ほう、ぬこごときに言われたくないなあ」

「ぬこいうな」

「言われたくないなら、ぬこっけ減らしなさいな」

「ぬぬぬ〜」

「エイプリルと呼んでね〜」

「ふん、だいたいなにしにきたのです?」

「いっつまいほび〜」

「お遊びじゃないのですよ?」

「ん〜、今ホリデイだしね」

 先ほどの仕事でタイトはどこへ行ったのやら、とにかく能天気に笑うのですが。ばかを相手にしていると面倒くさいので適当に流しておきます。

「お休みなのですね、いいご身分ですこと、」

 ちろりと目を細めているうちにいいことを思いついたのです。

「おやすみ?」

「は?」

 ばかは怪訝に眉根を寄せます。

「今からお前の呼び名はお休みですね」

「はあ?

 今度はきょとんと、目を見開いて。

「休み続ければいいのです」

「ふうん、悪くない響き」

「はあ?」

「IASMIE、悪くないイメージだと思うんだけどな、でも?」

「あら、気に入っていただけて何よりです」

 すると、ばかは何か感じたみたいに怪訝な顔をするのです。まあ、含みの意味を知っているニンゲンなら、安易に飛びつく愚は侵さないところなのですよ。しかし、やはりばかはばからしく考えることが苦手なようです。

「まあいいわ、何かいい漢字を当てられるかな?当てられそう」

「勝手にするがいいのです、ちなみに四月の和名は卯月になりますので組み合わせておけば良いのでは?」

「なるほど」

「気に入ってくれたようで何より、そうですねえ、ズッキーと呼んで差し上げましょうか」

「ええ〜?どこぞの野菜みたいに呼ぶ?」

「野菜の方がおまえなんかより数千倍上等なのですが?お前にズッキーニほどの栄養が期待できるのですか?」

「ねこに言われたくないなあ」

「言いぐさ、ネコは人間なんかよりよっぽど上等な生き物なのですよ」

「言ってなさい、そうそう、粋なニホンゴなら濁らないとかなんとか、うつきならどうかな」

「ほら、日本語が上手になっておりますことよ」

「ゲームは程々が楽しいの」

 ぺろりと舌を出してカミングアウトしてます。わたくしはもとよりゲームに付き合うつもりもないので知ったことではないのですが。なので、ほっといて話題を戻します。

「ふん、それで?エクソシストとしては、あれはどう見てるのですか?」

「う〜、あれねえ」

 ばかはばかなりにしばし考え込んでおりましたが、コネクトームはどこにも接続されなかったようで、誤魔化すように笑顔。そう、ガイジンだって、わからないときに誤魔化して笑うことだってあるのです。やがて、適当な顔になってこう答えます。

「ロリ?」

 妖怪変化にロリもくそもないのですが、まあ、墨染の小学生にちょっかいかけようというのですから、案件の扉としては無難なところなのでしょう。

「ほっといていいの?」

「ていうか、おまえの仕事なのでは?」

「さっきも言った通り、エクソシストはイニシエーションでマインドコントロールを解除することがお仕事なので」

「ほう、ならばわたくしとやりますか?」

「あなたは、あの子をコントロールできるほど力があるわけじゃないでしょう」

「む」

 悔しいのですが、確かにじょじょはわたくしにとっては少々手に余るといえなくなくもないのです。

「それに」

 言いかけながら勿体ぶる仕草で腰に手を当てています。

「ジャスティスというなら、トラブルに遭ったのが異教徒なら、秩序に影響を及ぼしたことにはならないって、そう、理解する」

 わたくしは、思い切り呆れため息を垂れ流しながら横目に睨みつけてやります。

「まったく、、役に立たない」

 思い切り嫌味にして差し上げてもどこ吹く風でまあねと笑いやがるのです。わたくしは呆れ果てて、ひょいと欄干から飛び降りて、したしたと猫足で歩をすすめにかかります。すると、なにを物好きなものかばかもちょこちょことついてくるではありませんか。まあ、勝手にしろなのですが。

 わたくしは時間をかけて歩きます。迷っているのと幾つかわからないことがあるのと、それで、はたから見ればお気楽に歩いているようでも、精一杯の決心で欄干からお寺の門までの長い旅路を決めたのです。

 それにしてもわからないのはエクソシストです。流石にさつきちゃんには待っててねと言い聞かせておりましたが、そもそも、あの猫にも負けないやばい好奇心の塊のさつきちゃんが大人しくいうことを聞いていることも謎なのです。そして、鼻歌でも歌いそうな緊張感のなさでわたくしの後ろについてきているのです。まあ、自分の身くらいは守れるのでしょうけれど。

「にゃあお」

 わたくしは、ふたりの間近まですり寄ると猫的にトラッドな挨拶を投げてやりました。猫の優れたる所以は、このひと言だけでありとあらゆる会話を成立させることも可能なことなのですが、その辺りは下等とは言い切ることはできないとはいえ、ニンゲンには到底できないスキルではあるといえるでしょう。

 あら、しかし思ったのとは違う反応。わたくしは不満げを表すように、ゆるりと男の周りを反対側まで回り込むと、顔を下から覗き込んでやります。

「ふうん?」

 何せこの男、まったくがん無視なのです。

 いいえ、それよりも、意識らしい意識のかけらも引っかからないような、いわば、全くのがらんどうな感触なのです。

「ま、あなたならなんでもないんでしょうけど」

 後ろで、やや間合いがある感じから声が差し込まれました。ばかはばかなりに警戒している様子なのです。

「何かありすぎなのはわかるのです」

「だっつみーんあろっと」

「またですか?」

「こいつはサタンだね」

「悪魔ですか」

「うん、あなたたちは悪魔でひとくくりしてるけれど、これはサタンでね」

「ふん、英語の辞書くらいは読んだことはあるのです」

 要するに、デモンとサタンは別物。

「エクソシストの相手はデモンということで?」

「そー、そう、サタンは絶対に相容れないから、なので、」

 そこで勿体ぶるようにひと息おいて、軽く鼻を持ち上げ、胸を張ります。見たところたいした胸でもないので、披露する知識にドヤ顔を添えて、なのでしょう。まあ、その知識もたいしたものとは思えませんが。そしておもむろに、親指を真下に指してちょんと振ります。あまりお行儀のよろしくない、いわゆる、そっ首叩き落とせの意味。

「あらごとの専門に任せておしまい」

「ばかは何にもしないのです?」

「その、ばかってやめなさいよ」

「べえ〜、四月は四月でばか以外に使い道がないのです」

「えらい言いよう」

「おまえ、その日本語」

「おっと」

 ばかは、わざとらしく小芝居で口元を押さえているのですが。

「だいたい、エイプリルの語源は四月ではなくてローマの美の女神なの」

「だからなんだっていうのです?エクソシストから見てただのデモンじゃないのですか?」

「それはそれ、大昔の布教時代の話でしょ」

「ほ〜う?異教徒を放っておいてもいいと?」

「今どき布教のためにバトルする人もいないしね」

「マジョリティの余裕ってやつ?」

「多様性ってことでしょう」

「ふん」

 わたくしはとりあえず流しておきながら、当面のめんどくさい件に取り掛かることにします。

「おい」

 金縛り状態の男は如何ともし難そうなので、とりあえずじょじょを呼び戻しにかかるのです。しかし、じょじょもじょじょで、いつになくどっぷりはまり込んでいる様子。そう、この女子は、魔に魅入られるとときどき戻ってこられなくなってしまうのです。

 謎の男も動きそうにないしで、仕方のない、と、軽いため息ひとつ。

 ねこ爪に気合いと霊力を込めて一閃、墨染女子の素っ首を叩き落としてやります。真似してはいけませんよ、なのです。じょじょはちょっと変わった体質、霊質を持っていまして、こやつは魔性の類の攻撃を全てすり抜けさせてしまうのです。要するに、わたくしが霊力を込めた一撃は、じょじょの体を通り抜けて、浸透しているじょじょ成分の薄いその他魔力のみを切り裂いてしまいます。

 ようやく動きを気配させたじょじょは、目をぱちくり。しかし、両の瞳はいまだ男に釘付けのままです。

「なにをしているのです?」

 そこでようやく、ぽかんとした表情のままでわたくしを振り返ると、ああ、と力無い声が漏れ聞こえてきました。

「ぬこか」

「ぬこではないのです」

「わかっている、えあぬこ」

「む」

 ま、まあ、話を進めるためですので、この辺りで妥協して流してあげてもいいのです。

「お客さまよ」

「お客、なので?」

 わたくしが呆れた声を返すと、じょじょは嬉しそうに唇の端っこだけを微笑ませるのです。

「まれびとの、そう、親戚みたいなもの、じゃなくて?」

「そういう言い方は誤解に満ち満ちなのです」

「そうかしら?」

 くくくとおかしさを堪えきれない含み笑い。きっと、このおっさんの中に潜り込ませた精神は、何か楽しめるものを認めたのでしょうが。

「このばかエクソシストがサタンだとかほざきやがるのです」

「ふう」

じょじょは息を吐かずに、漫画のような擬音をひらがなで発音すると、わたくしを振り返ります。その目がうるんで揺れているのが、口以上にじょじょの高揚を物語っていることを露わにしているのです。

「ばかの分類によれば、話が通じるのがデモン、話が通じないのがサタンなのだそうですが」

「なるほど、クリスチャンなのね」

「だからエクソシストらしいので」

「まあ、悪魔は悪魔でしょう」

 話がころりと飛ばされますが、気にしていてはじょじょの相手なんて務まらないのです。で、確かにサタンだのデモンだのというのはクリスチャンの分類なので、わたくしたちお寺の住人には関係ないと言えばないのですが。

 じょじょは男をしげしげと覗き込みながら軽く思案げにして、でも、と付け加えます。

「まれびとはまれびとなのよ」

「おもてなしを?」

 すると、じょじょは軽く小首をかしげるのです。

 やがて、人差し指をちょこりと下唇に添えて一言。

「どうしよっか」

 嬉しそうに微笑むのです。

 視界の隅でばかガイジンが腕を組むのが見えます。どうしてなのか、見ないようにしているにもかかわらず目につくのです。そして、男はと言えば、相変わらず物言わず立ち尽くしているのです。

「おやすみちゃん」

 問いかけると、エクソシストは私のこと?と言わんばかりに眉根を寄せていますが、そんなことはケアするつもりもないのです。それではばかのほうがいのかと横目で物言わぬプレッシャーを掛ければ、軽く肩をすくめて見せます。まったく、ガイジンなのです。

「すとれんじ」

 まったく、カタカナ発音で単語ひとつを置き去りにしやがるのですからたまりません。

「なにがですの?」

「話が通じない相手をもてなすと、何かいいことでもあるの?」

「まれびとは富をもたらすとされているのです」

 その裏側にどれほど剣呑な事態が起こされようとも、結末はそうなることになるのです。

「明確に悪魔でも?」

「日本語には、絶対的な敵対というニュアンスはないのですよ」

「島国ゆえの?」

「とりあえず、言葉は通じるので」

 まあ、仏教的な小理屈もあったりするのでしょうが、わたくし猫ですので当然当てはまるわけもないのです。性善説とかいうやつですね。もっとも、悪のレッテルを貼り付けるのはいつだって他人なのですから、遠回しに理屈をあざなってゆけば理を満たすこともできるのでしょうけれど。なので、反対側から読み解けばベースには善が存在すると、まあそんな理屈。ただし、ネコ的にはなんともざんね〜ん、な、小理屈なので。なんでかって?だって、完全肉食生物である猫には、常に獲物をとらえて美味しくいただき続けなければならないという宿命があるからです。そう、お肉だけしか食べられないので、すぐにお腹が空いてしまうのですよ。

「そう」

 でも、と、彼女は、ばかは言います。

「敵は、敵だよ」

 まあ、そうなのでしょうよ。彼女は続けます。

「サタンは、サタンというワードに寄せてキャラ付けされているけど、本来は性格さえも許容されない、純粋な敵という意味なの」

「あい、いれない、ねえ?」

「うーん、結構面白そうなヒトなんだけれどな」

 じょじょが唐突に、いかにも面白くなさそうな仕草で言います。

「あなたもなかなかラディカルみたいね」

「ふふん」

「ま、サタンのメンタルになにが詰まっているにせよ、早めに捨てちゃったほうがいいと思うな」

「あなたたちクリスチャンのデフォルトくらいなら知ってるわ」

「それで?」

「もったいない、かな、びみょー」

 なんだか、惜しんでいる感じなのですが、悪魔にそれって色々と面倒な気もするのです。

「ちょいちょい、悪魔憑きってこういうのがかかるものではないのですか?」

 ガイジンに何気に問いかけてみますと、なにやら小首を傾げてこう言います。

「ん〜、それこそびみょ〜だね」

「ふうん、、、」

 じょじょはなにやら思案げにおもてを俯けます。

 まあ、じょじょはへんてこすぎるくらいに変わり者ですので、悪魔くらいなら普通に受け入れかねないのですが。それがどの程度剣呑なのかはさておいて、です。

「ま、いっか」

 一瞬にして吹っ切った変わり身の早さ、魅入られたように潤んでいた瞳の輪郭が、焦点を合わせたかのようにシェイプを引き締めます。

 じょじょは男の前でひょいと姿勢を正して、胸を張り、腰に手、そして、奇妙不自然に傾げた男の顔を真正面から見上げます。

「お前は帰るのよ」

 どこへとも言いませんでしたが、じょじょの導き先には混沌の果ての深淵しかないのです。そう、あやかしいものは、彼女に選ばれて彼女の中に取り込まれるか、形象すら定かならぬ原初の闇の中へ戻されるか、いずれかなのです。

 じょじょはこれといってなにをするわけでもないのですが、男はいつの間にかかき消えています。

 味気ないと思われるかもしれないのですが、普通はこんなものなのです。まあ、たまに普通では収まりのつかない代物が混じることがあるので、それはそれで問題なのですが。

 わたくしは、エクソシストに言ってやります。

「サタンとは言っても、こんなものなのですね」

 すると、彼女は肩をすくめます。

「うまれたばかりなら、大したことないでしょ」

「生まれたばかり?」

「サタンというのは、純粋に敵という存在だから、エンチャントすぐキルなわけ」

 長生きすることはないのだという。

「古いサタンはいないということですか?」

「言い切れればいいのだけれど」

「?」

 わたくしはきょとんと首を傾げます。

「教会的にはキレイに滅ぼしたということになるかな」

「要するにこういうことでしょ」

 じょじょが言います。

「生き残る古いサタンなんてものは、どこか人目につかない場所にひっそりと潜んでいて、まあ、教会としてはそういうものが存在するとするわけにはいかないのでしょう」

「まあね」

 彼女は小さく肩をすくめます。

 新しいサタンとはいったい、どんなところから生まれるのでしょうか?おおよそ、ネットワークあたりで吐かれた毒が凝り固まって、リアルの人の精神を触媒にして、やがて強く志向した毒がメンタルを置き去りにして肉体を滅ぼし、奇妙に、他人に共感したがるイメージだけがシミのように残されたのでしょうか?

 そもそも、そういったものを目で見てしまうわたくしたちの方が微妙な存在だと言えるのかもしれませんけれど。

「じょじょは、あれの中になにを見たのです?」

「ん?さあ、タイムライン、かな」

 奇妙に整然としたタイムライン、それはまるで、ソーシャルネットワークアプリのような、奇妙な空虚さと、奇妙な扇動性を持っていたと。

「いらないと決めて後から見れば、まさしく余計なものだったわ」

 蛇足、と、そう、彼女はポツリと締めた。

 そう、ネットワークの中のタイムライン、それこそ蛇の足そのもののような奇形じみた情報の切れ端、オリジナルのコンテンツに次から次へと際限なく継ぎ足されてゆく、あってもなくても変わりないような意味のない情報の切れ端。それこそ、蛇に付け足された足のような、余剰そのもの。それがリアルの空間に形となって見えたものみたいに。

「近頃の悪魔って、あんな感じなのかもしれないね」

 そうひとこと、じょじょは踵を返して参道を歩いて帰る。


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