1000年後の皇都
今日も日差しが暑い。
聖法皇国アセノスフェアーの皇都イルベクシュタインでは姫巫女祭りに向けて活気づいていた。
今年は御年18歳になられた皇女オーラが姫巫女として役割を拝命する事に決まっている。
長らく姫巫女の座が空位であったが、皇女オーラが成人に達した為に姫巫女の地位を拝命する事になったのだ。
◇◇◇
皇都の皇宮騎士団総長の部屋では、文官風の男性が上座に座る男性に声をかけていた。
「ザイン殿下、古代遺跡ルベイラに行かれると伺いました。ザイン殿下は皇宮騎士団総長でもありますから大丈夫だとは思いますが、ルベイラは未知数の魔物も多くおります。御身に何かあってはいけません。どうぞ第一騎士団を率いて行かれて下さいね。」
部下から発言をされた男性は、手を組みながら急激に温暖化になった暑さについて思案していた。
名前はザイン・イル・アセノスフェアー
アセノスフェアー皇族であり、皇宮騎士団総長の地位にある。珍しい黒髪に皇族特有の紫眼。左眼は眼帯で覆われている。アセノスフェアー皇族特有の神眼を左眼に持つ為に普段は使えない様に眼帯をしているのだ。御年は28歳、外見も美形で体格も悪くない。本来なら婚姻していてもおかしくない年齢だが、いまだに婚約者すらも居なかった。
それもそのはず、現聖皇陛下の唯一の子息であり、本来なら皇太子になる身分である。
その為に婚約者は未来の聖皇妃。
慎重に選ぶ必要があるのだ。
「心配症だな。大丈夫だ、アイル。今回ルベイラの遺跡に少しだけ不思議な力を感じたので視察に行くだけだ。魔力じゃないから、魔物ではないだろう。」
ザインはそう応えると、出立前の準備リストに目を向ける。
「そこがおかしいのです。殿下。神聖法力を感じたとか。神聖法力なんて、今や皇都でも一部の場所しか使えないですし、使える人間も限られています。
わざわざ辺境の遺跡で感じるとは。探知機が壊れているしか考えられません。」
文官であり副宰相のアイル・グスタフは不安な表情を隠さずに発言した。
「まぁ。そうだな。かつて皇族を始め、皇都の人間なら一定数以上が使えた神聖法力も今や使える人間は少数だ。それが古代遺跡で感じたとなると、聖神の力が戻りつつあるのかもしれん。」
ザインはここ数日、神眼により大気を取りまく精霊の力が活発になっているのを感じていた。
精霊はアセノスフェアー大陸全土にかつては居たが、遥か昔に大きな天変地異があり、大陸が分裂した。
現在その初代大陸では無く、第二の大陸として分かれたアセノスフェアー第二大陸となってからは、精霊の加護は薄くなっていた。
皇族が拝命する姫巫女も、代を下ると力が衰え形骸化し形だけになっている。現在は妹のオーラが姫巫女の地位を拝命する事は先代の時により決まっていた。
かつての姫巫女は巨大な力を秘め皇国全土を守護していたと伝わる。とくに第一大陸の時は皇国は黄金時代と呼ばれ、強い聖女は薄桃色の髪をしていた。古代遺跡より発掘された第一大陸時代の水晶には薄桃色の姫巫女が記録をされており、記録媒体が壊れる前に、幼い頃一度だけその姿を記録媒体の水晶より拝した事がある。
可愛らしい方の様に記憶している。
名前は解らないが。皇女であった事は間違いない。
第一大陸時代から分かれてからは聖神の力を歴代聖皇陛下が受け継ぐ事が難しくなり、神眼を宿した皇族が聖皇に選ばれる様になった。
しかし神眼の力は、人の身には強すぎて猛烈な痛みを伴う。その為に使用頻度を制限せざるを得ない。聖皇が国の非常事態に神眼を使うのは効率が悪すぎる為に古代遺跡を発掘し、先人の皇族方の力の使い方を水晶を通して研究している最中であったが、つい先ほど古代遺跡ルベイラで不思議な力を探知したと報告があり、隊列を組んで調査に向かう事を決めた。
「出立は1時間後。私は準備が出来次第、一番近いゲートを使用する。ルベイラは神殿跡かさえ解っていない遺跡だ。その為、風の大神官カート・エンバスにルベイラに同行させる様に通達をかけた。私が居ない間は聖皇妃陛下をよろしく頼んだぞ。」
アイルにそう伝えるとルベイラに一番近い転移ゲートに向かう為に準備を始める。
去年 第511代聖皇フェリスカーペ・イル・アセノスフェアー陛下が崩御された。
現聖法王国は光の神に仕える聖皇陛下と、深淵の闇の神に仕える聖皇妃陛下が世界の陰陽のバランスを取ると信じられ二人セットで必要不可欠な存在である。ザインも皇太子妃を女神官の中から決める予定だったが、聖皇陛下が崩御に伴い各地の結界が弱くなり魔物の出没が増えた為に、次々に来る討伐の総指揮を担っていた。その間、御位に中継ぎとしてユーリア皇妃陛下がつく事で国の運営体制を維持していた。
聖法王国アセノスフェアーは第二大陸時代でも各国の中心であり、巨大な勢力を維持していた。
唯一新興の魔法王国シュードが台頭を始め、魔力を使い各国を脅かし始めている。
アセノスフェアーとしては見過ごせない事態になりつつあるが、代替わりが不安定な中、他国に力をかけれないのが現状である。
「ザイン殿下、ゲート座標準備整いました。私と第二騎士団以下が身命を賭して皇妃陛下を御護り申し上げますので、お気をつけてルベイラまで御遠征下さい。」
臣下の礼を取りアイルが見送る中、転移ゲートが出現する。ザイン殿下は旅装の準備を終えると転移ゲートの前に進む。部屋の隅に控えていた、第一騎士団の騎士団長と精鋭の騎士がザイン殿下脇に控える。
そして、10数人でゲートの門をくぐり、古代遺跡ルベイラへと旅立った。
追って、第一騎士団と風の大神官が一時間後にルベイラに到着するだろう。殿下の護衛は精鋭ばかりだから、第一騎士団が着くまでは大丈夫だろうと思っているが、アイルには嫌な予感がしていた。