99話 クズとカス
「――で、なんで俺たちが隣に座ってるんだ」
「そりゃお前、サブに俺のかっちょいい運転姿を見せつけるために決まってんだろ」
「需要ねえんだよなぁ」
こういうのって普通、付き合ってる2人がペアになって隣に座るんじゃないのか。なぜ後部座席で奈子さんと悠羽が楽しげに話しているのだ。俺たちはなぜ、こんな素晴らしい日に男同士で前を見つめているのだ。
そりゃまあ俺と圭次は悪友で、奈子さんと悠羽も仲良しだ。ずっと同じ組み合わせもつまらないから、入れ替えしたって楽しいか。
ま、そうだな。せっかくのドライブだ。
「じゃ、俺は寝るから。着いたら起こしてくれ」
「おぉぉおおい! なにしれっと俺との時間を睡眠で乗り切ろうとしてるんだよ! あるだろ、男同士の友情トーク!」
「ゆう、じょう……?」
「あっれー、ちっともピンときてないのなんで」
「男同士の友情なんて成立しないだろ」
「それを言うなら男女の友情な」
「そういやお前、大学院行くんだってな」
「話の切り替えエグっ! 首寝違えるかと思ったわ」
強引に話題を変えると、圭次は大げさにリアクションする。
口では激しく驚きながら、しかし運転は少しも乱れることがない。要するに、こいつは演じているだけだ。俺とタイプは違うが、立派なお道化野郎である。
ハンドルを握り、前方を見据えたままで茶髪は答える。
「ああ行くよ。院まで行くとは思ってなかっただろ」
「そりゃな。てっきりお前は就職するもんだと思ってたから」
人差し指でハンドルをとんとん叩いて、圭次が呟く。
「こえーんだよ、社会に出るのが」
「ふうん」
「なんだよ、反応薄いな」
「あ、カラス」
「俺の話は鳥以下か!」
「なんかセンチメンタルでキモかったから、つい」
「サブぅ、ちっとは俺に優しくしてくれてもいんじゃね? こう見えてけっこう悩んでんだぜ」
「んなこと言われても、俺はとっくに学生やめてるからな。ピンとこねえよ」
「そこをなんとかさぁ」
大学院に行けば二年プラスで学生をやれる。なんて選択肢は元からなかった。悩む間もなく俺は社会に放流され、まあなんとかやれている。
今となっては、大学生になるべきだったかもわからない。
「正解かどうかなんて、選んだ時点でゃ決まるもんじゃあるまいし。やることやりゃあいいんじゃねえの」
「サブぅ!」
「きめえって」
きらきらした顔をするな。そんなもんは求めちゃいねえから。
窓の外に視線をやって、ペットボトルのほうじ茶を飲む。車は高速道路に乗って、真っ直ぐ北上していく。紅葉シーズンの休日だけあって、道はそれなりに混んでいる。帰りは軽い渋滞に巻き込まれる覚悟をした方がいいだろう。
ふっと息を吐くと、後ろから気配があった。
斜め後ろで、奈子さんがぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます。圭次さん、最近ずっとそれで悩んでたみたいで」
「いや別に、俺は適当なこと言ってるだけだし……。奈子さんは大学出た後のこと、決めてるの?」
「私は高校の教員になろうと思ってます」
「なるほど。……圭次は知ってたか?」
「さすがに知ってら!」
前方座席のやり取りに、奈子さんが静かに笑う。
バックミラーをちらっと見上げて、圭次が会話を回す。
「悠羽ちゃんは、なりたいものとかあるの?」
「……考えてはいるんですけど。まだはっきりしてなくて」
「候補でもあったら、聞かせてほしいな」
「すみません。まだ秘密にしておいていいですか」
「もちろん。俺だってまだちゃんと決めたわけじゃないからね」
肩をつつかれて振り返ると、息がかかりそうな距離に悠羽の顔があった。長いまつげと綺麗な瞳に、まだ呼吸を忘れてしまいそうになる。当然、そんな素振りは見せずに落ち着いて短く問う。
「どうした」
「六郎も、それでいい?」
「待つ。言いたくなったら教えてくれ」
「うん」
囁くように頷いて、元の場所に戻る。俺も視線を前に戻した。
運転席で、圭次が唖然としたように言う。
「まじで恋人の距離じゃん……」
「そうだっつってんだろ」
「なんかショックだな。いや、否定的な感情ではなく――もちろんサブだけ不幸になれとは思うが、やっぱ知ってる2人が付き合い出すのは衝撃的だよなぁ」
「テニサーなんて無限にその繰り返しだろ」
なぜかげんなりする圭次に、正論をぶん投げてやる。すると眉をひそめ、ため息ごと吐き捨てる。
「慣れろってか? 無理だね。あっちで付き合ってたと思ったら、数ヶ月後にはそっちのと付き合ってる。もう誰と誰が元カレ元カノかわかったもんじゃない。おかげで、身内の色恋沙汰に胃が荒れるようになっちまったのさ」
「すっかりリア充アレルギーだな」
「そゆこと」
こいつはこいつで苦労しているらしい。それもそうか。楽しいが治安は終わっていると噂のテニサーで、副代表を務めているのだ。そのストレスは、察するに余りある。
「なあサブ、テニサー入ってくんね?」
「眠いなら運転代わるぞ」
横目でお互いの苦笑いを確認して、「はっ」と笑い飛ばす。
「今ので疲れも失せたぜ」
「次のサービスエリアで休憩だけどな」
「停車しまぁああす」
「運転手、ソフトクリーム奢るぞ」
「やりぃ!」
後部座席に視線をやって、2人に声を掛ける。
「飲み物でも食べ物でも、欲しいのあったら言ってくれ」
「私もいいんですか?」
「奈子さんには悠羽が世話になってるからな。お礼させてくれ」
「いえそんな……でも、せっかくですし。お言葉に甘えさせていただきます」
律儀にぺこっと頭を下げる奈子さんの横で、なぜか悠羽も頭を下げる。わざわざ触れないが、面白かった出来事として覚えておこう。
◇
女性陣がお手洗いに行っている間、俺と圭次は外でぶらついて待つ。
巨大な看板があって、高速道路の地図が書かれている。目的地まではあと半分といったところか。実際には、到着してから紅葉のドライブコースを走るからまだ先は長い。
ポケットに手を入れて、圭次がぼんやり言う。
「このメンバーでいると、悠羽ちゃん連れだした日のことを思い出すよな」
「圭次が俺の実家の鍵を壊したんだよな」
「おい、しれっとガチ犯罪被せるな。俺は着いてっただけだ――って、マジで大丈夫だよな?」
「当たり前だろ。俺はあの家の息子で、お前は友達として招かれただけなんだから」
邪悪に笑って見せると、圭次も悪ガキみたいに歯を見せる。
「そっか。なら仕方ねえよな。それでたまたま、悠羽ちゃんが着いてきちまったんだもんな」
「つーわけだ」
今となっては懐かしい記憶だが、あの時は本当に必死だった。
手を貸してくれる人が必要で、思いついたのは圭次だけだった。このお調子者は、多くは聞かずに力になってくれた。
こいつが立派な人間じゃないことも、発言が終わってることも知っている。
それでも、これ以上の友人などいないと断言できる。
元をたどれば――ああそうか。これは俺しか知らないことだ。
「なあ、圭次よ」
「どうしたサブよ」
圭次も奈子さんも、悠羽ですら知り得ないこと。
俺と悠羽が再会できたのは、こいつの悪ふざけに俺が乗ったからだった。
それをわざわざ説明はしないけれど。
「お前が俺の親友でよかった」
「よせよ気味が悪い。サブはそういうんじゃねーだろ」
圭次は肩をブルッと震わせ、苦笑いして空を見上げる。
「そうだな。二度と言わん」
反省して俺は地図を眺める。
言葉は要らない。綺麗な友情も、美しい会話も要らない。そんなものよりずっと、頼もしいものを知っているから。




