97話 はじめまして
悠羽の友達に面貸せ (意訳)と言われて、即決で会うことにしたのは、前々から俺も会ってみたいと思っていたからだ。
不登校から復帰した悠羽と変わらず話してくれる、大切な友達。何度か話に聞いてはいたが、まさか向こうから接触してくるとは。
仕事を終えた金曜日、家を出て駅前のファミレスに行く。
花金みたいな顔をしているが、フリーランスなので明日も働きます。週七労働はデフォルト。
悠羽たちは先に着いていると連絡があったので、店員さんに伝えて奥の席へ。
見慣れた制服に身を包んだ、2人の少女がいた。テーブル席で隣に座り、楽しげに話している。近づいて行くと悠羽が気づいて、片手を挙げた。
「お疲れさま」
ぱっと友人さんも顔をこっちに向けて、立ち上がると折り目正しく挨拶する。
「お忙しい中ありがとうございます。ゆはの友達の、保住志穂です」
「いつも悠羽がお世話になってます。三条六郎です」
ぺこりと頭を下げて、席につく。
2人も来てすぐらしく、テーブルの上にはメニューが広げられている。
志穂さんが俺の視線を察して尋ねてくる。
「あ、六郎さんも見ますか?」
「2人が決めてからでいいよ」
「はい。ゆはは決めたんだよね」
「うん。私はかぼちゃのケーキ」
「同じのにしよっと。じゃあはい、どうぞ」
「どもども」
メニューを受け取って、チョコケーキに即決。店員さんを呼んで注文して、メニューを脇に片付ける。
さて、と一息ついて前を見る。どうやって会話を切り出したものか。見知らぬ女子高生と話すことになるとは思わなかったので、内心けっこうビビっている。どんな話題がいいのだろうか。
考えていると、志穂さんが口を開いた。
「六郎さんがどんな人か、ずっと気になってたんです。ゆはが恋するとかって、あんまり想像できなかったから」
「へえ。高校入ってからそういう話はなかったんだ」
意外に思って言うと、少女たちは揃って首を縦に振る。
「そうなんですよ。ゆはって可愛いけど、女子とばっかりいるから敬遠されがちで」
「そう。彼氏いたことないの。ほんとだから」
「わかったわかった」
なにやら必死に主張している悠羽。別に元カレがいてもいいけれど、わざわざ主張してくれるの可愛いな。おい、可愛いじゃねえか。
激甘な空気を察してか、志穂さんが咳払いして話を戻す。
「それでですね。六郎さんが初彼氏じゃないですか。だから舞い上がって、その……いろいろと暴走してるんじゃないかと不安で」
「ああ、なるほど」
「なるほどってなに!?」
俺が頷くと、心外そうに悠羽が抗議する。
「いつも振り回されてるだろ、俺が」
「うぐ……確かにそうかも」
お願いされたら絶対に断れないマンと、超積極的ガールによる一つ屋根の下。普通に危険な匂いしかしない。まだキスで済んでるのが奇跡的だ。
それもひとえに、俺の精神力によるものだ。
「苦労されてるんですね」
「それなりに」
同情するように言う志穂さんは、どこかほっとしたようであった。きっと俺が肉食系ではないことに安心したのだろう。
大事な友達が雑に扱われていないか、ってところか。
そりゃまあ、不安になるよな。親が離婚して兄に引き取られて、そいつが義理で、両想いになって。傍から見れば意味不明で、相手の男がやばいヤツなんじゃないかと思うのも当然だ。
「六郎さんが優しそうな人でよかったです」
「俺も、志穂さんみたいな友達がいてくれて安心した」
ふわりと軽い笑みを交換して、それからずいっと志穂さんが身を乗り出す。
「で、本題なんですけど……ゆはのどこが好きなんですか?」
「ちょっと待って、それ私も聞きたい」
ずずいっと悠羽まで身を乗り出して、上目遣いでのぞき込んでくる。
女子高生2人に追い詰められて、そんな中でケーキが配られてくる。逃げ場は見つからないし、急いで脳を回転させる。
なるべく恥ずかしくなく、かつ2人に納得してもらえるそれっぽい理由を。
「あー、恋バナが本題?」
「はい」
「女子って本当にそういう話が好きだよな」
「キュンキュンしたい生き物なんですよ」
「理解できん……」
適当な会話で引き延ばしつつ、眉間に指を当てる。熟考しつつ、軽く悠羽にアイコンタクトを取る。伝わったと信じて、観念したふうに言う。
「そりゃこんだけ可愛かったら、仕方がないだろ」
「うわぁ~、ごちそうさまです」
「はぁ……」
満たされた顔で頭を下げる志穂さんに聞こえるよう、困ったようなため息をつく。
意図を伝えたはずの悠羽もなぜか頭を下げており、じっと動かない。少々効きすぎたらしい。
ケーキを食べている間中ずっと、馴れ初めだの、付き合うきっかけだのを聞かれる羽目になった。俺は上手いことそれを答え、悠羽はそれを聞いては照れて志穂さんをぺしぺし叩いていた。
一体全体、なんの時間だったんだろうか。
ざっくりまとめると、一番暴走してたのは志穂さんだったって話だな。
ま、いい友達がいてくれて安心だけど。
◇
志穂さんと別れて2人の帰り道。
鞄を前後に振りながら、上機嫌の悠羽と手を繋いで歩く。
「今日はいい日だったな~」
「ほくほくしやがって」
「志穂がグッジョブだったね」
俺から様々な惚気話を引き出した友人に、最上級の感謝をする悠羽。
志穂さんとの会話を思い出しながら、ずっと考えていたことを口にする。適当にさばくことはできたが、どこかやりづらかったあの少女について。
「あの子、めちゃくちゃ賢いだろ」
「うん。志穂って天然そうだけど、実はすっごく頭がいいの」
「だよなあ」
俺が不快に思わないギリギリまで踏み込んで、いざとなればフォローを入れる準備もしていただろう。天性の世渡り上手に見られる会話のしやすさがあった。
そういう相手は騙すことはできても、気を抜くと本心を吐露してしまいそうになる。要するに苦手だ。嫌いではないが、警戒すべき相手である。
悠羽が手をちょんちょん引っ張って、首を傾げて見つめてくる。
「それで、さっきのはなんだったの?」
「さっきの?」
「とぼけても無駄です。目が合ったの、覚えてるんだから」
「嘘つく合図に決まってるだろ」
「そんな合図決めたっけ?」
「決めてない。アドリブで察せ」
「むりですぅ」
唇をとがらせた悠羽は、はっと気がついたように目を丸くする。
「じゃあ、六郎は私が可愛いから好きなんじゃないの?」
「理由の一つではあるけどな、別に可愛いだけなら他の誰かでもいい痛いいたいいてえ……!」
繋いだ手を軽く解いて、手の平をつねられた。
むすっと膨れた悠羽のジト目が突き刺さる。
「悠羽が一番可愛いです」
「よろしい」
大仰に頷いて、「それで?」と続きを促してくる。
適当に流してまた別の機会にしようかと思ったが、せっかくだし言ってしまうことにした。こういうのは、なんでもない日の方が言いやすい。
「お前は俺の代わりに泣いてくれるからな」
「……え、なにそれ?」
「そのまんまの意味だよ」
「うそ。代わりに泣くって……どういう意味なの?」
「わからないならいい。気にすんな」
「えー、気になるんだけど」
「わからないほうが可愛いぞ」
「うっ、それすっごいずるい」
だらだらと言い合いを続けながら、亀のように家に帰る。
いつか俺の言葉の意味が、彼女にわかる日が来るのだろうか。どっちだっていいな。
それでなにかが、変わるわけでもないから。




