表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
4章 最後の嘘は破れない
93/140

93話 デート

 悠羽の服を買いに行こうと約束した日、俺は早めに家を出た。


「外で待ち合わせのほうが、デートっぽいじゃん」


 そう提案したのは彼女の方で、ちょうど本屋に行きたかった俺が先に出発した。


 店の中をふらふらと歩いて、その一角にある旅行雑誌のコーナーで足を止める。国内のものをざっと眺めて、ついでに海外のも立ち読みしてみる。

 買うにしてもサイズが大きいので、今日は見るだけ。適当に時間を見て、店を出る。


 集合場所は駅前の広場で、ベンチに囲まれた時計台の下。

 しばらく待っていると、信号のところに見慣れたポーチを提げた少女が現れた。俺を見つけると、小走りでやってくる。


 大きめのセーターにベレー帽、白くふわっとしたスカートの下にはタイツを履いている。伸びてきた髪は後ろで結って、低いところでおだんごにしてある。

 本格的に寒くなってきたからか、まだ見たことのない服装だった。髪型もいつもと違って新鮮だし、すっげえデートみたいじゃん。語彙力低下しそう。


 てってってとリズムよく近づいてきて、目の前で立ち止まる。


「お待たせ」


 楽しみにしていたのだろう。溢れんばかりの笑顔で、手を後ろに組む。


「なんだ、可愛い服持ってんじゃん」


 感想を言ってやると、恥ずかしげに目を逸らした。


「これはその……非常用というか、応急処置みたいなものだから」

「なるほど。よくわからんが、行こうか」


 毎度のことながら車はないので、移動手段は電車とバスだ。いい加減に俺もスマートに生きたいものだが、いかんせん維持費が高すぎる。


 改札を抜けて出た昼過ぎのホームは、学生がちらほら固まっている。

 中には悠羽と同じ高校の制服もある。それを見てか、すっと俺の腕を掴んで、視線を遮るようにぴたりとくっついてきた。


「六郎、ちょっと動かないで」

「見られちゃまずいのか?」


「受験期に遊んでる人って思われたくないの」

「受験期に遊んでるのに?」


「いじわる言わないで」

「へいへい」


 自由な左手で頬をかいて、横目で高校生の集団を確認する。ぱっと見、三年生らしき人はいない。大半が部活帰りだろう。所持品を見れば、だいたい何部かまでわかる。

 わかりやすいのが、縦長の袋を背負った男女数名だ。熊谷先生が顧問を務める、剣道部の生徒たちだろう。ということは、もう今日の部活は終わったのか。


「サラブレッドって、今日も営業してるんだっけ?」

「ううん。定休日」


「そっか」

「どうしたの?」


「ちょっと気になっただけだよ。最近あの2人はどうなのかなって」

「どうなんだろうね」


「まあ、当人たちしか知らないことか」


 外野がとやかく言ったところで、邪魔になるだけだ。熊谷先生も紗良さんも大人なのだし、俺たちにはわからない事情だってあるだろう。


「とりあえず、熊谷先生まで競馬にはまらなければいいが……」

「その不安、わかるかも」


 真剣な顔で悠羽も頷いて、それから小さく吹き出した。


「って、そんなわけないじゃん。熊谷先生だよ」

「だな。あの人に限ってそれはないか」


 地道な努力をなにより重んじる、真面目という言葉の代表例みたいな人だ。目先の利益に釣られるようなことはしないと信じたい。


「ところでさ、私って最近変わった?」

「太ったのか?」


「ふ、太ってないし! え、もしかして丸くなった!?」

「いやちっとも」


「ばかぁ!」


 ぺしぺしと右肩を叩かれる。痛くないので放置して、さっき言われた意味を考える。

 女子が変わったか聞いてくる場合、それは自身の体型について……だと思っていたが、どうやら違ったらしい。


「もしかして、背が伸びたりしたのか?」

「ちがいますー」


「左利きになったとか?」

「なるか!」


「国籍」

「いつ変えるタイミングあったの!?」


「じゃあわかんねえよ」

「そもそも当てにきてないじゃん」


 むすーっと頬を膨らませ、悠羽は黙ってしまった。ちゃんと正解を言わないといけないっぽい。

 つっても、本気でわからんな。


 俺が困っていると、さすがに痺れを切らしたようで、悠羽が口を開いた。


「私も六郎みたいになってきてるのかなぁ……って話」

「なんだお前、俺になりたいのか」


「そういう、話じゃ、ないっ! 熊谷先生と競馬みたいに、なにか影響されてるんじゃないかなって思ったの!」

「ああ……なるほど」


「六郎ちょっと鈍いけど、体調悪いの?」


 煽られてるのかと思ったが、どうやらちゃんと心配しているらしい。上目遣いの瞳には、心配そうな色が混ざっていた。それはそれで複雑なんだが。


「今日はシンプルに運が悪い日だ」


 悠羽にくっつかれているせいでIQが下がっているとは言えまい。俺はいつでも冷静沈着な人間なので、このくらいのことで動揺したりはしないのである。


「そっか。それで、なにか変わってる?」


 訝しげではあるが、お許しはでたらしい。再度の問いかけに、少し記憶を遡る。


「……いや、お前はずっとお前だろ」

「ほんと?」


「少なくとも俺みたいにはなってないし、今後もならないでくれ。頼むから」


 自分の成分はもう十分に摂取している。わざわざ他から得たいとは思わないので、悠羽には引き続き独自路線を歩んでほしいものだ。


 やれやれと首を振る横を、少女は面白そうに見上げていた。







 電車とバスで移動して、やってきた郊外のショッピングセンター。


 巨大な敷地にはほぼ無限に店舗があり、歩いているだけで目眩がしそうになる。

 脳を溶かすような香水の匂いの間を縫って、悠羽の服を探す。店から店へ、服から服へ、値札から値札へ。


 ……値札見て諦められると、なんかこう、やっぱ辛いものがあるな。彼女なりの気遣いなのはわかるが、俺にもプライドがある。

 と思ってちらっと値段を見たら、えげつない額だった。俺じゃなくても買えないやつじゃん。


 選んでいる悠羽の近くにいながら、どんな服が彼女に似合うかを考えてみる。

 ぶっちゃけ、だぼだぼパーカーにジーパンとかでいいんだよな。そうそう、こういうのでいいんだよ。ってなるやつ。


 考えていると、服を持って悠羽が近づいてきた。


「これなんてどうかな」


 カボチャみたいな色のカーディガンで、ワッフルみたいな編み方をしている。やや厚めなので、これからの季節にも着られるだろう。


「いいじゃん。買おう、それ」

「やった。ありがと」


「おう」

「それで、六郎プレゼンツは?」


「忘れてくれ」

「やだ」


 めっちゃ嫌な顔をしたが、悠羽の意思は固い。これはもう完全に譲らないやつだ。もし俺が選ぶのを渋ったら、さっき選んだカーディガンもいらないと言い出すだろう。

 仕方がないので考える。だがやはりというべきか、冴えたアイデアは出てこない。やっぱり最近の俺、ちょっと鈍くなったか。


「……長袖Tシャツなんかどうだ。柄とかプリントされてるやつ。どこにある?」

「あっちあっち。いこ」


 手を引かれるままついていって、目についたものをいくつか悠羽が手に取る。いくつか見るが、どれでも似合っている。似合っているから決まらなくて、二人して考え込んだ。


「そういえばお前、こういうの持ってないよな」


 ふと思いつきで、濃い緑のシャツを手に取ってみた。読めない文字が背中にプリントされ、上品よりも活発な印象だ。ニット帽と合わせれば、なかなかに洒落たふうになるのではないだろうか。


 広げて体の前に持ち上げ、悠羽が首を傾げる。


「似合うかな」

「鏡見てみ。全然ありだろ」


「ほんとだ。意外と緑いけそう」


 気に入ったように頷く彼女を見て、ほっと息を吐き出した。

 これで今日の難関はクリアだな。


 買うと決めた服を手に持って、レジの方に移動する。


「せっかくだし、どっかで甘いもんでも食ってくか。それから海だっけ」

「海です」


「バスは……あるな。よし、じゃあ会計行くぞ」

「はーい」


 忘れちまった思い出は、どうやっても思い出せなかった。適当に粘って悠羽が教えてくれるのを待つか、奇跡的に思い出すか。

 ひとまず、頭脳労働は終了だ。本日は閉店です。


 あとの時間は、気楽に楽しむとしよう。







 ――服を選び終わったら、六郎はきっと一息つく。


 そこまで凌ぎきれば、もうあとは悠羽のターンだ。



(まだ今日は終わってないよ、六郎)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] おや、早々に「今日」に決めに行くのかな?
[一言] 投稿ありがとうございます。いざ尋常に勝負!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ