表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
4章 最後の嘘は破れない
91/140

91話 アルバム

 家に帰って、夕食を食べた後。悠羽は部屋からアルバムを持って、ダイニングテーブルについた。

 父親が実家に戻る際、前の家からいくらか物を引き取った。そのうちの一つが、幼少期からのアルバムである。母親も写っているその写真たちは、悠羽以外に引き取り手がいなかった。


 昔のものになるほど、六郎と一緒の写真が溢れている。


 夏祭りに行って、悠羽がアサガオの浴衣を着て、六郎も紺の浴衣を着ている。つんとした表情でカメラから目を逸らす少年は、今よりずっと幼い顔をしている。

 こういう写真が簡単に手に入るのは、家族としての特権だと思う。


 無意識のうちに口元が緩み、だらしない顔になってしまう少女。


「ふふふ」

「なに笑ってんだ?」


 後ろから平坦な声が降ってきて、悠羽は椅子から飛び上がる。

 風呂から出て、タオルを首に掛けた六郎がいた。さっき見ていた写真から十年以上成長した、大人の姿である。


「いいいいいいいつの間に!」

「アルバム見てたのか」


 驚いている悠羽の横からテーブルを眺め、六郎は「懐かしいな」と呟く。キッチンに入って緑茶を湯飲みに注ぎ、それを持って悠羽の隣に座った。


「俺も見ていいか?」


 無言で頷き、悠羽はアルバムを間に移動させる。ついでに六郎との距離を詰める。寒い季節は近づいても暑くないのがいい。

 並んだ2人の写真を見て、しみじみと六郎は頷いた。


「やっぱり似てないな、俺たち」

「そうだね」


 二重でくりっとした目をしている悠羽に対して、六郎の目は一重で細い。顔の形も違えば、細部のパーツも似通っていない。両親から悠羽に受け継がれているものが、六郎には一つとしてなかった。


「この日は私が迷子になって、六郎が見つけてくれたんだよね」

「なんだっけ、それ」


「わたあめ食べてたら目の前が見えなくて、気づいたら皆と離れてたの」

「ああ……俺がトイレ行ってる間にいなくなってたやつな」


「そう。あれって結局、どこで見つけてくれたんだっけ」

「どこだっけな。お前が泣いてたのは覚えてる」


「すごい怖かったんだもん」

「人が多かったからな。わたあめごと抱きついてきて、めっちゃ顔べたべたになったんだよ」


「その節はご迷惑をおかけしました」

「いえいえ。無事でなにより」


 ぺこりと頭を下げ合う。


 指先で何枚かの写真をなぞって、六郎がぴたりと指を止めた。

 ぴかぴかのランドセルを背負った悠羽と、その横で背筋を伸ばした六郎のものだ。


「これ、一緒に登校できるって喜んでたときの写真か」

「そう。でも結局、帰りの時間はばらばらだったけど」


「低学年と高学年だったもんな」

「三個違いだもんね、私たち」


 見つめる悠羽に、六郎は瞬きして微笑む。不意打ちの距離感に、悠羽はぱっと顔を写真に戻した。

 ぱらぱらとページをめくって、隣にいる青年に問う。


「六郎はさ、思い出に残ってる場所とかってある?」

「思い出の場所、か……」


 アルバムをのぞき込みながら、青年は眉にしわを寄せた。それは彼にとって不都合なことがないか、咄嗟に考え込んでいる表情だ。幸いなことに、悠羽は彼の方を見ていない。


「パッとは思いつかないな。悠羽はどっかあるのか?」

「私はね、海」


「海?」


 めくっていけば、確かにその写真はある。

 だが、六郎は首を傾げた。


「なんかあったんだっけ」

「うん。あったよ、すごく大切なこと」


 自信満々に頷く悠羽に、ますます六郎は首の角度をきつくする。

 なまじ記憶力がいいだけに、なにも思い出せないのは珍しい。悠羽が大切だ、と言うようなことならなおさらだ。


 顎に手を当てて十秒ほど考え、それでも思い出せずに音を上げた。


「なんだっけ」

「えー、覚えてないの?」


 悠羽が不満げに唇を尖らせると、六郎は気まずそうに目を逸らす。


「いや、俺だって忘れる生き物だからな。ヒントはないのか」

「ありません。自分で思い出してください」


「スパルタかよ……」


 こめかみを叩いて写真を見て、六郎は記憶の糸口を辿る。


「一番近くの海水浴場だよな。確かこの日は、昼から海水浴場行って……向こうではかき氷を食ったんだっけ。悠羽がブルーハワイで、俺がレモンだった気がするな」


 けれど大事なことらしき記憶はなく、青年は目を瞑って考え込む。

 想像以上に鮮明に記憶している様子に、悠羽は冷や汗が伝うのを感じた。まさか、かき氷のシロップまで覚えているとは思わなかった。


(このままじゃ……バレちゃう)


 急いで次の手を打つべきだと判断して、「じゃあさ」と提案する。


「今度一緒に行こうよ。そしたら思い出せるんじゃない?」

「海水浴のシーズンじゃないが」


「いいの。買い物終わった後、帰る前にちょっと寄ろ」


 訝しげな表情をする六郎だったが、頷いて納得する。


「わかった。そうしようか」


 考えることをやめてくれたので、悠羽はほっとして息を吐く。

 危ないところだった。もう少し放っておいたら、六郎があの日のことを全て思い出してしまうところだった。


 大切なことなどなにひとつなかった、平和な海水浴の一日を。


 悠羽は別の写真を手に取って、話題を移す。六郎の思考をそっちに持って行かせないよう、注意を払って会話する。

 一つずつ、嘘を守るための防壁を築いていくのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最後の嘘、は妹の嘘だったり…? 本当にめんどくさいやつらではあるなあ。
[良い点]  海辺に連れ出す為の口実?  高度な心理戦ですな。  だが「大切なことなど何ひとつない平和な海水浴」をお互い覚えているという事、共通の思い出が有ることがどれだけ大切で素晴らしいものであるか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ