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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
4章 最後の嘘は破れない
90/140

90話 2人を繋ぐもの

 受験ムードが本格的になり、授業もだんだんと共通テスト対策に移り変わる。

 そんな中、三条悠羽はまったく別のことで悩んでいた。


 表情だけなら教室にいる受験生たちと遜色ないほど真剣で、D判定を覆そうとしている最中だ。と言われれば誰もがそう信じてしまうだろう。

 授業の合間、彼女はボールペンでルーズリーフを叩く。白紙から少しも進まず、ぽつぽつと点描のような模様ばかりが増えていく。


 このままでは意味がないと思って、ぱっと思いついた条件を書き込んでいく。


『創立記念日、夕方、綺麗な風景、買い物、ご飯食べるか、食べないか、動きやすい服? お洒落な服? ……』


 それは彼女が、完璧な告白をするためのプラン。この紙にとりあえずキーワードを出して、それから思考を整理しようと思っている。


「ゆはー、お昼だよん」

「ちょっと待って、今考え事してるから」


「ほむほむ。件の資格試験のお勉強?」

「ううん。デートの予定考えてる」


「のわりに深刻な顔してたけど」


 弁当箱を開いて、志穂はルーズリーフをのぞき込む。書き出された単語の羅列を眺めて、こくこくと頷く。


「だいぶ難航してるみたいだねえ」

「……うう。こういうの、どうやるのがいいんだろ。志穂だったらどうする?」


「デートの予定なんて考えたことないなぁ。そういうの、彼クンがやってくれるものだから」

「そうなの?」


「私はそうしてるよん」


 指を4本立てて、「よ~ん」と気の抜けた声を出す。ふわふわボブカットは、存在だけで空気を柔らかくする。悠羽たちのクラスの空気が他よりも軽いのは、志穂の功績によるところが大きい。


「私も今までどこ行くかは六郎が決めてくれてたから……どこに行けばいいかわからなくて」

「ゆはが決めなきゃなの?」


「ううん。たぶん放っておいたら、六郎が決めてくれる」

「じゃあいいじゃないの。最後だけいい感じのスポットに連れて行って、いい感じのこと言ってHAPPY END!」


 勢いよく立ち上がって言うも、悠羽の反応が微妙であることを確認して志穂は咳払い。椅子に座り直すと、ミニトマトを口に放り込む。ごくりと飲み込んで、察したふうに頷く。


「というわけには、いかないんだね」

「うん。それじゃあ今まで通りだもん」


「具体的には、どうしたいの」


 ボールペンをこめかみに押し当てながら、悠羽は目を閉じて、開く。その目には彼女らしくない、牙のような好奇心が宿っていた。



「六郎を――騙したい」



 紙パックの野菜ジュースを飲んでいた志穂は目を丸くして、それから口を横に広げて笑った。

 六郎がいかに難解な嘘つきであるかは、志穂も聞かされていた。気がつかないでほしいことにはすぐ気がつくという、厄介な特性についても。


 人を騙すことに長けた人間は、騙されることにも耐性を持つ。そのことは当然、悠羽だって理解しているはずだ。

 世界で誰よりも、彼の嘘に騙され続けた彼女が。


「勝算はー?」

「ゼロじゃないよ。だって六郎は、私に騙されるとは思ってないだろうから」


「そかそか。ならいけるかもね」


 悠羽も弁当箱を取り出して、作戦会議は続く。


「それで、どんな嘘をつく予定なの?」

「そこだよね」


「いやそこなんかーい。なにそれ、ただ騙したいだけ?」

「そう」


「難しいカップルだなあ。普通騙す騙されるは別れの原因なのに」


 まさか告白のために相手を騙そうとするとは。志穂からすれば、どこか別の世界の話に感じる。だが現に、目の前の友人がやろうとしているのだ。世の中は広い。

 首を傾げる志穂に、悠羽は微笑んだ。


「嘘ってね、人を傷つけるものだけじゃないんだよ」


 ずっとあの背中を見てきた。

 大きな悲しみを抱えながら、それでも悠羽の前では笑うために全てを騙し続けた青年の背中を。


 だから彼女は、騙したい。

 2人を繋いできた嘘で、この想いを証明したい。


「ゆはって意外と、彼氏に染められるタイプなんだ……」

「そういう話じゃないでしょ」


「うわー。そのうち金髪にしてピアスとかあけて煙草吸ってる写真アップするようになるんだぁ」

「ならない!」







 数日後、図書館で勉強して帰ると六郎に送った悠羽はバスに乗っていた。

 目的の停留所から降りて少し歩くと、このあたりでは大きめのショッピングセンターがある。


 駐車場を横切って、待ち合わせの場所に行くと既に男女の二人組がいた。悠羽を見つけると、男の方が先に気がついて手を上げる。


「こっちこっち、悠羽ちゃん」


 待たせてしまった、と慌てて少女は小走りになる。


「お待たせしてすみません。……圭次さんも来てくれたんですね」

「俺は奈子ちゃんのアッシーだからね」


 やたら誇らしげに指を立てて言う茶髪は、プライドをどこかに置いてきてしまったらしい。隣ではほんわか美少女が、困ったように首を振る。


「わざわざ送ってくれなくてもいいって言ったんですけれど」

「だって最近試験で忙しくて、奈子ちゃんと遊べてないからさ。送り迎えだけでも一緒にいたいじゃん。服選びにはついてかないから、ね」


「試験期間だったんですか?」


 心配になって悠羽が聞くと、圭次は「いや」と首を横に振った。


「それは俺だけ。奈子ちゃんは2年生だから、もう終わったんだよね」

「はい。先週までは忙しかったですけど、今は落ち着きました」


「というわけで、そこのカフェでお洒落にスタディしてるから。帰るときに教えて」

「六郎さんに連絡しちゃだめですからね」


「もちろん、今日はしないよ。全部終わった後に教えて、あいつの驚いた顔を拝んでやるぜ」


 けけけと悪党っぽく笑って、圭次はカフェに向かっていく。

 それを見送ってから、奈子は悠羽に振り返った。


「デートに使う一着があればいいんですよね」

「はい。家にある服も全部写真撮ってきたので、組み合わせとかも教えてもらえると嬉しいです」


 服を買いに行く日に着る服を選びにきたのだ。変な話ではあるが、やはりデートでは可愛くありたいと思うのは乙女心である。それが告白する日ともなれば、なおさら。


「私でよければ、いくらでもお手伝いしますよ」


 上品な微笑みには、常のような底知れなさが含まれている。なにがあってもけろっとしているような、不思議な雰囲気だ。


 悠羽はスマホを手渡して、ざっと眺めてもらう。奈子は静かにそれを見終えて、おもむろに歩きだした。


「みえました」

「えっ、もうですか?」


「はい。実を言うと何パターンか想像していたので、その中で簡単に作れそうなものを選んだだけですが」


 ふと思い出したように立ち止まって、奈子が悠羽を見る。知らずのうちに背筋が伸びたのは、見つめてくる目が深い海のように凪いでいたからだ。


「すみません。先に聞くべきでした。悠羽さんは、自分をどう見せたいか決めていますか?」

「ええっと」


「自分らしく見せたいのか、少し意外性というか、新しい一面を見せるといいますか。……あまり上手な説明ではありませんね」

「いえ、わかりました。私、自分らしさを見てほしいんです。背伸びしてもバレちゃいますから」


「わかりました」


 頷いて再び歩きだす。奈子の横について、悠羽は質問を投げた。


「あの、どうして圭次さんと付き合おうと思ったか、聞いてもいいですか?」

「きっと同じですよ。悠羽さんと」


 ほんのりと頬を赤く染めて、奈子はぽつぽつと話した。


「大学生にはお酒の席があるんです。そういう場では、今でも無理に飲ませるような文化があって……圭次さんは、それから私を守ってくれたんです。2人で話してるからってこっそり連れ出して『こんなとこでごめん。あいつら、新入生にも飲ませようとして……ほんとだせえよな』って」


 出会いの真相は、六郎に語ったものとは違った。酔い潰れたわけでも、しつこく粘着したわけでもない。

 自分が格好いいことを隠すのが、新田圭次という男なのだ。


 人の警戒心を削ぐような、気の抜ける茶髪と笑顔の軽い男。量産型大学生。そんな印象を、最初は奈子も抱いていた。けれど違った。

 だから惹かれた。


「今年になって、圭次さんはサークルの副代表になったんです。それからは飲み会で無茶をさせないように徹底してるんです」


 そんな姿を見ていたから、親友だという六郎と会ったときに納得したのだ。

 軽薄な振る舞いや嘘で隠すけれど、はっきりした矜持を持っている。


 だからきっと、奈子と悠羽は同じなのだ。


「完璧な人ではないですけれど、素敵な人なんです」

「大好きなんですね」


「はい」

「じゃあ、私と同じです」

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― 新着の感想 ―
[一言] 一応向こうから告白されちゃったから。悠羽からは告白していない? でも、告白って隠された内心を明らかにするものだから… もはやそれは告白ですらない。きっとそれはプロポーズ、契約の申込み、何だろ…
[良い点]  どんなに捻くれていようが彼らのような人間こそ「真人間」だと思います。  使い古された表現だけど人間は中身ってやつ。
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