9話 嘘、ひとつ残して
いったいどこで道を間違えてしまったのだろう。
本当なら今頃、エチエチ美少女とエチエチ温泉旅行の計画を立てているはずだった。なけなしの貯金を振り絞って、露天風呂のついてるドエロい部屋を借りているはずだった。
だが、現実はどうだ。
俺の手に握られているのは幸福への切符ではなく、コンビニのバニラソフト。隣にいるのは、顔こそ整っているがその他諸々は控えめ、つーか義理の妹。ソーダのアイスバーをかじって、時々こっちを見てくる。
「……どうした」
「美味しい」
「そうか」
こいつとのエチエチイベントなんて、想像しただけでゾッとする。その程度の倫理観は持ち合わせているのでね。
ここまで、マッチングアプリの話は出ていない。
さすがに悠羽だって、もう気がついているだろう。このタイミングで俺が現れたこと。『サブロー』という、よく考えればそうそうないニックネーム。一切の加工を施していない写真は、後で確認すれば一発で俺とわかる。
それなのに話題にあげないのは――やっぱり悠羽もわかっていたからだろうか。
俺が『ゆう』を悠羽だと知っていたように、悠羽も『サブロー』が俺だと知っていた。
そう考えるのが妥当だろう。
なにが次会ったときにからかってやろう、だ。あほくさい。
「バニラ、美味しい?」
「美味いぞ」
「そっか」
ぎこちない会話も相まって、ため息が出そうになる。なんとか堪えて、心の中で「はぁぁぁぁ」と巨大ため息。
なんで俺、ハードボイルド無口野郎みたいになってんだろ。相手が悠羽だからだ。こいつを前にすると、いつも言葉のキレが悪くなる。
「ご飯、ちゃんと食べてるの?」
「お前は俺の親かよ」
「妹だから」
「……食ってるよ。倒れたら元も子もないから」
上手くはないが、不味くもない。ただひたすらに微妙な料理を毎日食べている。それが結局一番安いし、なんだかんだ健康だ。
「悠羽はどうなんだ」
「……まあ、そこそこ」
平日に制服で公園。その違和感を指摘していることには、当然気がついているだろう。だが、悠羽ははぐらかした。
なら、それ以上は聞くべきではないのだろう。
代わりに一つ、提案をしてみることにした。俺は正義の〝学校ちゃんと通えマン”ではないので。
「私服にすりゃいいのに」
「え」
「制服だと、周りの目が気になって仕方ないだろ」
家を出るときに制服を着ているのはわかる。だが、その後もずっと同じ格好でいる必要はないだろう。どうせ行かないんだし、学校。
「そっか。……そうかも」
「私服で図書館とか行っとけば、誰も文句言わないし、クーラーも快適だろ」
「あー……。図書館」
その発想はなかったという顔だ。まったく、これだから最近の若者は。本を読まなすぎて、公共施設の快適さまで知らないとは。
「でも、どこで着替えればいいの」
「トイレとかでいいだろ」
「やだ」
「はぁ?」
「あと、洗濯物で気づかれちゃう。干すとこ、私とお母さんは同じだし」
「あー、そりゃ面倒だな」
今まで制服ばかりだった洗濯物が、週七で私服になったらさすがにバレるだろう。これからの季節、同じ服を洗わずに着るなんてできないだろうし。
コインランドリーで乾燥までできれば理想だが、金がかかるのが難点だ。
「万策尽きたな」
「まだ二策目じゃん。もうちょっと頑張ってよ。六郎は頭だけはいいんだから」
「やかましい」
壊滅してるのは性格だけで、他はだいたい平均以上だ。……とか思っちゃうあたりが、性格終わってるんだろうな。
「これ以上はなにもない。諦めろ」
「えぇ。もうちょっとなのに」
「どうせ暇なんだから、どうすりゃいいか考えな」
「ん。わかった」
悠羽は素直に頷いて、アイスバーの最後の一口を放り込んだ。それから棒を確認して、「外れちゃった」と見せてくる。
その表情には、昔と変わらない明るさがあった。
想像していたよりずっと元気そうで、内心めちゃくちゃ安心している。
だが、そんなことは表情に出さない。表情筋の力はずっと抜いたまま、真顔で頷いて、俺もコーンの欠片を口に放り込んだ。
「仕事あるから、そろそろ帰るぞ」
「そっか、六郎は働いてるんだもんね」
目に見えてしゅんとする悠羽。
「ねえ、今はどこに住んでるの?」
「地球」
「そうじゃなくて」
「日本」
「じゃなくて……」
苛立つ悠羽をなだめるように、わざとらしく笑ってみせる。
「大丈夫だよ。お前がヤバいときは、絶対来てやるから」
◇
夕刊の配達を終えて、買い物をして帰宅。
たまにはレシピでも見て料理しようと思って、スマホの電源をつける。通知が来ていて、すぐに気がついた。
「……おいおい、こっちは続くのかよ」
もうこのアカウントが俺だってことは確信してるだろうに。
『ゆう』からの返信は、ちゃんと来ていた。
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