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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
4章 最後の嘘は破れない
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89話 傘

 秋の雨は冷える。

 ロングコートを羽織って傘を持ち、悠羽の仕事が終わるタイミングに合わせて家を出た。


 傘を持つ指先が冷たくて、そろそろ手袋が必要だなと思う。


 サラブレッドに到着して、待つこと10分。裏口から出てきた悠羽が、すぐ俺に気がついて駆けてくる。


「迎えに来てくれたの?」

「朝は降ってなかったから、傘忘れたんじゃないかと思って」


「今はちゃんと折りたたみ傘持ってるよ。昔と違って」

「そっか。じゃあ帰るか」


 歩きだすと、自然な動作で悠羽が傘の中に入ってきた。眉をひそめると、少女は面白げに口角を上げた。


「折りたたみ傘あるんだろ?」

「使うとは言ってないじゃん」


「……ま、いいけどさ」

「六郎だって、相合い傘するつもりだったんでしょ」


「なんで」

「だって傘、一本しか持ってきてないじゃん。ふふっ。なんか今日、積極的じゃない?」


「そういう日もあっていいだろ」


 落ち着いて返すと、大きな瞳が何度か瞬いて、それから頬が赤くなっていく。顔を上げていられなくなったようで、俯くと俺の袖を掴んでくる。


「いいと思う……ます」

「でた、思うます」


「でたとか言うな! 決めゼリフじゃない!」

「じゃないます」


「もーっ!」


 ぽかぽか殴られながらも、水たまりを避けて歩いて行く。ちょうどいい強さだ。今度これでマッサージしてくれないかな。

 恨みがましい目で見てくる悠羽は、ぎゅっと唇を噛んでいる。


「お前はほんと、可愛いな」

「ぬぐっ、そんなこと急に言われても信じないもん。絶対裏があるもん」


「適当に褒めたら、晩飯が豪華になるんじゃないかと思ったが」

「ほらぁ!」


「なんてな。どれかが嘘だ」

「ええっ!?」


 混乱で目をぐるぐるさせ、少女は口をぽかんと開ける。


「ど、どれが嘘?」

「褒めなくたって、お前の料理はいつも美味いよ」


「――はわわわっ、ほんとに今日どうしたの?」


 慌てる悠羽に笑いかけ、傘の下で静かに告げる。


「俺はこれでいいんだって、やっと信じられるようになったんだ」


 彼女に自分の想いを告げて、それでもやはり絡みつくものはあった。躊躇いながら進むのは、若干の息苦しさがあったのだ。

 けれど、悠羽に優しくする俺を好きだと言ってくれた人がいた。

 だからもう、迷わない。ただのシスコン野郎だったあの頃と、変わらなくたっていいのだ。


「つーわけでまあ、うん。そういうことだ」

「微妙に説明になってない気もするけど……」


 難しい顔で口元に手を当て、しばしして顔を上げる。解決したふうではなかったが、納得はしたみたいだ。


「でも、それっていいことなんだよね」

「たぶんな」


 傘の下、聞こえるのは雨音と悠羽の声だけだ。

 上目遣いで少女ははにかんだ。


「六郎からきてくれるの、嬉しいよ」

「…………」


 視線を逸らしてしまったのは、直視できないほど眩しかったからだ。もっと簡単な言い方をすれば、可愛すぎる。


 どこかでまだ、そう思うことを認められずにいた。

 けれど余計なものは、全部小牧が取り払ってくれたから。静かに、けれど確かに俺は変わっていく。


 愛なんて高尚なものじゃないかもしれないけれど、この感情だって本物だから。


 袖を引っ張られたから、悠羽の方を見る。彼女の瞳には、なにかの決意が宿っていた。


「あのね六郎。もうちょっとだけ、待ってくれる? こんなこと言われても、わかんないと思うけど……でも、頑張って考えてるから。待っててほしいの」

「わかった」


 意味は一つもわからないけれど、なにを待つのかもわからないけれど、聞かずに頷いた。


「ありがと。絶対後悔させないから」

「期待してればいいのか?」


「それはやだ」

「へいへい」


 相変わらず難しいことを注文してくる。ま、頭の片隅に置いてればいいってことだろ。


 家に到着して、傘を閉じる。

 玄関で靴を脱いで、洗面所に入った。


「やっぱり傘、小さかったね」


 少し濡れてしまった服をパタパタさせて、悠羽がタオルを渡してくれる。湿った頭を拭いて、風呂のお湯を張る。


「風邪引いたら大変だから、すぐ入れ」

「はい。この間風邪引いたのは六郎だから、先に入るべきだと思います」


「運は収束するんだ。直前に風邪を引いたということは、しばらくは健康に生活できる」

「紗良さんみたいなこと言ってる」


「元従業員だからな」


 キッチンに移動してお湯を沸かす。ポットに移してから、ホットのコーヒーを作った。カフェイン最高。

 パソコンを持ってきて、ダイニングテーブルで作業の準備をする。


 片付けを済ませ、風呂に向かう途中で悠羽が思い出したように立ち止まった。顔を上げると、その内容が告げられる。


「そういえば今日も、熊谷先生来てたんだけど」

「おう。なんかあったか」


「紗良さんに連絡先渡してた。それだけ」

「そうか」


 スリッパの音を鳴らして、廊下へと去って行く悠羽。その背中を見送ってから、ようやく俺はことの重大性に気がついた。


「なにぃ!?」


 進むのは、俺だけじゃないらしい。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  なにぃ!?  あの朴念仁が!? [気になる点]  皆少しずつ変化している。  ただ、変わる事で今迄関わらなかった種の問題が寄ってくる可能性も‥‥‥。
[一言] ふーん、元カノに電話したのは、自分のあり方を認めてもらうため、自分が変わるためだったんだ。 ある意味だしに使われたのに、背中を押してあげるとは、やっぱり良い女だったんだなあ。 でもって、こ…
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