87話 片想い
短めです
「あの……お久しぶりです」
「はいもしもし。悠羽さん?」
「はい」
スマホから聞こえる穏やかな声に、悠羽は若干の申し訳なさを感じる。
というのも夏祭りのとき、六郎の嘘に彼のことまで巻き込んでしまったからだ。結局、悠羽は六郎と血縁ではなく、今では仲良くやっている。
「今日はちょっと、相談したいことがあってですね」
「ロクのことかい」
「そうです。でも、その前に言っておかないといけないことが……」
「聞いてるよ。結婚できるそうじゃないか」
「けっ――結婚!? で、できますけど、今はそうじゃなくて」
知られていた驚きと、ド直球な表現に慌ててしまう。電話越しにはっきりと、利一は笑った。数ヶ月前と変わらない、優しい声で。
「あっはっは。ま、このくらいの意地悪でおあいこにしようか」
「その節は本当に、出過ぎた真似をしてすみませんでした」
「いや、いいんだ。悠羽さんの気持ちが嘘だったわけじゃないんだから」
「あ、ありがとうございます」
「全部ロクが悪い」
「私もそう思います」
深々と頷いて、あの嘘つきを内心で非難する。利一も「まったく、あいつは滅茶苦茶なやつだよ」と呆れている。
「それで、本題はなにかな」
「六郎のことなんですけど……ええっと、あの人は私と一緒にいられるだけでいい。って言うんですけど、それって本当なのかなって」
「惚気てる?」
「――え、いえ! そんなつもりじゃ……」
「冗談だから気にしないで。しかしその質問を僕にするか」
どこか呆れたような笑いに、悠羽は思い出す。利一もちょうど今、美凉との距離を考えているところなのだ。進展しているらしいが、まだ完全に交際してるわけではないらしい。
「ロクの考えを当てることはできないけど、可能性ならいくつか思いつくよ」
「知りたいです! 教えてください」
「もちろん。まず『好きな人の手前、自分の欲を隠している』っていうのは、あるあるだよね。相手に悪く思われたくないって気持ちが先行すると、興味ないフリをしてしまうんだ」
利一の言葉を受けて、悠羽は少し考え込む。果たして六郎はそれに該当するだろうか。
「隠している……わけじゃないと思います。六郎はいつも、戸惑って見えるから」
「なら次。あまり聞きたくないかもしれないけれど、いいかな」
「はい。聞きます」
「ロクが悠羽さんの保護者気分でいる可能性だね」
ひゅっと喉が閉まる。ずっと抱えていた不安を突かれて、悠羽は胸に手を当てた。
六郎が彼女を妹ではないにしても、それに準じるものだと思っていたら。その愛は、悠羽の願うものとは異なる形をしている。
なにを言われても大丈夫だと思っていたのに、気を張らないと泣いてしまいそうだ。
黙ってしまった悠羽に、利一が咳払いして語りかける。
「でもその可能性はたぶん低い。と、僕は勝手に思ってる。だって悠羽さんは、ロクのことを守ってきたんだろう?」
「私が……六郎を?」
「そう。精神的な意味でね。だからむしろ、ロクは悠羽さんを持ち上げすぎてるんじゃないかな」
側にいてくれればそれでいい。
それは愛の究極系にも思えるが、しかし、見方を変えれば他の考え方もできる。
すなわち、
「片想いなのかもね」
だから多くを求めず、ただそこにいてくれるだけで満足してしまう。
利一は静かになって、悠羽の反応を待った。
「……六郎が、私に?」
声に出してみて、その突拍子もなさに少女は何度も瞬きをした。だって、片想いはずっと自分がしてきたことだ。
二年越しに再会した彼に恋をして、焼けるような痛みを感じていた。絶対に叶わない恋だと知っていながら、やめることができなかった。
振り向いてもらおうとしていたのは、悠羽だった。六郎もそれは察していたはずだ。彼は自分が好かれていることを知っていた。
けれどなぜか、利一の言葉がしっくりきている。
(六郎と熊谷先生が似てるのって――もしかして)
なにかが繋がりそうなところで、電話の時間に終わりが来た。
「僕から言えるのはそんなところかな。そろそろ爺さんたちのところに顔出さないといけないから、ごめんね」
「いえ! こちらこそ、お忙しい中すみません」
「ロクにもよろしく。それじゃ、頑張って」
通話が切れて、ほっと息を吐き出した。
ごちゃついた頭を整理するため、悠羽は遠回りで家に帰ることにした。
もしも利一の言ったように、六郎が片想いのような状態でいるというのなら。
「なんでわかんないんだろ……あのバカ」
やっぱりあの男は、鈍感だ。




