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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
4章 最後の嘘は破れない
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85話 君のせい

 朦朧とした意識が回復したのは、深夜三時のことだった。


 まだ怠い体を起こして、額に乗っていたタオルを手に持つ。すっかりぬるくなったそれで、首の汗を拭く。全身が軽くて、なのに思うように動かない。頭を動かすとずっしり痛む。


 体調を崩したのなんていつぶりだろう。

 掃き出し窓から差し込む明かりを眺めながら、ぼんやり考える。


 フリーランスにとって、体調管理は必須のスキルだ。福利厚生も有給も、代わりに仕事をやってくれる同僚もいない。人間関係の煩わしさがない代償に、全てのリスク管理を自分で行う必要があるから。

 だから仕事中毒気味の俺は、一日の量をセーブしていた。寝る時間を定め、生活リズムを一定にし、最低限の栄養を確保するように気をつけた。


「……やっちまったな」


 口の中で呟いて枕元を見る。

 スポーツドリンクと書き置きがあった。


『なにかあったら絶対起こして。絶対だよ』


 と綺麗な字で書いてある。


 一人暮らしだったら、絶望していただろうが――今はそうじゃないんだな。

 俺が辛いときには、ちゃんと悠羽は側にいてくれる。それにどれだけ救われるか。


 横たわって布団にくるまった。今はとにかく眠って、体力を戻さなければならない。ただの疲労だろうから、明日には動けるようになるだろう。






 朝は悠羽が用意してくれたお粥を食べて、見送ってからパソコンを起動した。


「ゆっくりしてなきゃダメだよ」


 と言われているが、仕事が滞っては元も子もない。怠さと頭痛はあるが、だいぶマシになった。薬でやわらげれば、いつもの六割くらいはできる。


 休み休み作業をして、定期的に体温を確認する。昼にはヨーグルトを食べて、夕方にはもう熱が上がる気配はなかった。シャワーを浴びて、再び作業を開始する。完成したものを納品したところで、玄関から音がした。


 入ってきたのは、息を上げた悠羽だった。全速力で自転車を漕いだのだろう。風で髪が乱れている。鞄を背負って、買い物袋を手に持って、俺を見ると目を見開く。


「仕事してるじゃん!」

「ああ……いや、その、これはだな」


 やることやって安心してしまった。そうだ。悠羽が帰って来る前に、布団で寝ているべきだった。


「休んでなきゃダメって言ったのに」

「もうよくなったからさ。悠羽のおかげだ」


「ほんとに?」


 顔をしかめて近づいてくると、俺のおでこを触ってくる。帰ったばかりのその手は、冷たくて柔らかい。


「熱はなさそうだけど……」


 顔を近づけてきて、じーっと見つめてくる。

 腕を伸ばして悠羽を引き寄せ、抱きしめて頭を撫でた。


「おかえり」

「――た、ただい、ま……って騙されないから!」


 顔を赤くして抗議された。


「ちっ、だめか」

「そんなことのために抱きしめるなんて最低! やっぱりクズじゃん!」


「やっぱりもなにも、俺はずっとクズだろ」

「最近はあんまり嘘ついてないと思ってたのに~」


「いやいや。バリバリついてるからな。お前が気がついてないだけで、発言の八割は嘘だから」


 冗談で言ってみたら、少女はふわっと微笑んだ。どこか俺の笑い方と似た、余裕のある表情に背筋がざわつく。


「ダウト」

「……まあ、もう隠すこともないしな」


 おとなしくここは認めることにした。

 今となっては、彼女に隠したいことなどない。必要がなければ俺だって嘘はつかない。


「で、その判断によると俺の体調はどうなんだ?」

「悔しいけど、ほんとっぽい」


「体調よくなって悔しがるなや」

「心配して急いで帰ってきたのに」


「それはごめんって。連絡すりゃよかったけど、忘れてた」

「そうだよ。そういうとこ、ちゃんとしないとだめだと思います」


「はい」


 素直に頷くと、許してくれたらしい。悠羽は買ってきたものを冷蔵庫に詰めて、キッチンから声を掛けてくる。


「食欲はある?」

「まだそんなに」


「うどんにする? りんごもあるけど」

「うどん」


「はーい。いつから食べる?」

「六時半ぐらいに食って、そのまま寝るかな」


 手でオッケーサインを作って、そのまま悠羽は家事を始める。弁当箱を洗って、洗濯物をまとめて入れて、あっちこっちをパタパタ駆ける。

 もう仕事をする体力は残っていないから、その姿をぼんやり眺めていた。







 布団に戻ったのは七時過ぎ。普段ならまだ起きている時間だが、病み上がりで起きているのは限界だった。

 眠れはしないが、横になっているだけでずっと楽だ。


 明かりを点けたまま、しばらく天井を見ていたらノックされた。


「入ってもいい?」

「いいぞ」


 そっと布団の横に腰を下ろすと、顔をのぞき込んでくる。

 風呂上がりなのだろう。肌が薄桃色で、パジャマ姿と石けんの匂いが甘く刺激的だ。


 視線が絡んで、大きな瞳が何度か瞬く。


「入ってもいい?」

「待て。もう部屋には入ってるよな」


「うん。だから……布団に」


 首を横に振って、布団を引っ張って体に巻き付ける。


「じゃあ、布団持ってくるね」

「待て待て待て。話が見えないから。なにがどうなってそうなった」


「六郎が寂しくないように」

「あー……昨日は熱出てたからな。今日はもう大丈夫だから」


「それは嘘」

「やっぱ見抜けてねえじゃん」


「うるさい」


 むっと顔をしかめて、意地になったのか俺の隣に横たわる。敷き布団の隙間に体をねじ込んで、なんなら枕も引っ張ってくる。


「お前、病人には優しくしろよ」

「これが私の優しさなんですー」


 意地でも動かないぞと、至近距離で見つめてくる。掛け布団は譲らんと、いっそうミノムシ状態になる俺。

 しばしして、悠羽が体を震わせた。


「……寒い」

「アホ」


「で、でも、六郎が布団に入れてくれないなら風邪引く」

「意味のわかんねえことを言うな。寝かせろ」


「添い寝してあげるから」


「いらねえ」

「いるもん」


 じっと睨み合って数秒。

 どうせ根負けするのは俺だと諦めて、布団の端をつまんで渡す。所詮は一人用だ。二人で入ろうと思えば、必然的に密着してしまう。


「あったかいね」

「なんだこれは……」


 腕枕事件だったり、もうなにもかも手後れな気はするけれど。それでも緊張するし、まずいことをしている気分になる。


 体調管理を怠ったからなのか。そのせいで俺は、こんな――まあ、嫌ではないけどさ。嫌じゃないからいっそう複雑だ。


 横向きになって見つめ合うのは恥ずかしかったのか、悠羽は少し下に移動して丸くなった。俯いたまま、ぽそぽそとした声で聞いてくる。


「ねえ、六郎が頑張りすぎちゃったのは、私のせい?」


 さっきまでの勢いが嘘のように、弱気な表情をしていた。

 潤んだ目が見上げてくる。この距離じゃ、きっと彼女は騙せない。


 ま、わざわざ嘘をつく必要もないか。

 指先で悠羽の頬に触れて、優しく押す。


「そうだよ。全部お前のせいだ」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  甘い! [気になる点]  びっくり返すような事件がやってきそうで怖い! [一言]  ふたりで幸せになってくれ!
[一言] フリーランスは辛い。まあワンマンカンパニーも同じなんだけれど。所得補償保険とかも、入院でもしない限り出ないからねえ… だから、軽々しく他人の人生を引き受けることはできないのだろうけれどね。…
[一言] 投稿ありがとうございます。 これは大丈夫なやつだ。そうだ。そうに違いない。そうであってくれないと困る
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