83話 下校デート
二人でスーパーに行ったときの役割分担は明快だ。俺がカートを押して、悠羽がそこに商品を入れていく。最初のうちは「ねえ六郎、これ買う?」などという質問があったけれど、今となってはなにも聞かれない。なにを聞いても俺が「いいんじゃないか」としか答えないことに気がついたらしい。
冷蔵室に関してはまだしも、野菜室と冷凍庫にはなにがあるか把握していない。だから問われたところで、それが必要かどうかはわからないのだ。俺にできるのはせいぜい、今日食べたいものを考えるくらいである。
さらにここ最近は、家を出る前に買う物をメモするようになったらしい。広告をネットで見て献立まで決めているのだから、完全に主婦のレベルまで達している。恐ろしい成長速度だ。
ぐるっと店内を一周して、レジに向かう。スムーズに買い物が終わって、そのまま帰ろうとする悠羽を留めた。
「フードコート行かないか?」
「晩ご飯食べれなくなるよ」
「飲み物だけだよ。せっかくだし、いいだろ」
「いいけど……あ、デートだから?」
「帰るか」
「寄る寄る! ちょうど今、喉渇いたなぁって思ってたところなの」
慌てて俺の前に立ち塞がる悠羽。焦りながらも嬉しそうにタコ焼き屋を指さす。
「あれ買って二人で半分こしよ。そしたら晩ご飯も食べれるから」
「飲み物は?」
「お茶にする」
6個入りのタコ焼きを注文して、Mサイズのお茶を二つ頼む。反射的にコーヒーを頼みそうになったが、理性で抑えた。
買い物袋で片手が塞がっている俺は自分の飲み物だけ持って、タコ焼きは悠羽が受け取った。
平日夕方の、空いたフードコートに腰を下ろす。安っぽい机と椅子。雰囲気の良さでは、やはりカフェには遠く及ばない。けれどおかげで、下校デートっぽくはある。
できたてのタコ焼きを冷まして口に入れ、それでも熱そうにする悠羽。それからはにかんで、「美味しいね」と言う。俺も一つ食べて、そうだなと頷く。
二個目を飲み込んだところで、思い出したことを口にする。
「そういえば、冬服とか足りてるか?」
「うん。足りてるけど――あ」
「どうした」
「ううん。なんでもない」
「じゃあ今度買いに行くか。バイトがない日……高校の創立記念日って、十一月の頭だったよな」
「ちょっと、話聞いてる?」
「なんか買いたいのがあるんだろ」
「あるけど……でも、すぐに必要ってわけじゃないし」
「なるほど。普段着はあるけど、洒落た服がないんだな」
「な、なんでわかるの?」
「なんでって、普通に考えりゃわかるだろ」
夏服はわりと綺麗な服が多かったが、最近はややクオリティが落ちている。コートを羽織るから関係ない、とズボラな心が出てしまったのだろう。本来の彼女は、手を抜けるところはしっかり抜くタイプなのだ。
「で、でも。それくらい自分のお金で買うし」
「バイトの金は貯めとけ。大丈夫、お前の服買ったくらいで家計が傾くほどヤワな稼ぎ方してねえから」
ネットで稼ぐようになって二年ほど経って、実績もだいぶついてきた。最初はカスみたいな依頼しか受けられなかったが、今では高単価な依頼をこなせる。スキルも身についたし、俺自身が元から仕事好きなこともあって、収入は右肩上がりだ。
最近はクリスさんとの仕事で試行錯誤できるくらい、余裕もできてきた。
そりゃ節約するところは節約するが、なにもかも我慢する必要はないのだ。
「いいの?」
「そう言ってる」
紙コップを揺らして頷く。
悠羽が可愛くなって、一番に恩恵を受けるのは俺だ。むしろこっちから頼みたい。まあ、口に出しては言わないが。
「そっか。じゃあ、せっかくだし六郎に選んでもらおうかな」
「嫌に決まってんだろ。そんな責任負いたくねえ」
「えー、いいじゃん。じゃあせめて、どんな服が好きなのか教えて」
「マイクロビキニ」
「ま、真面目に答えろっ!」
顔を赤くした悠羽の手刀を甘んじて受け止める。じんわり痛いが、それは向こうも同じだったらしい。手をさすりながら、ジト目を向けてくる。
「冬にそんなの着たら風邪引くじゃん」
「夏なら着るってことか?」
「着ないっ!」
「な、俺に任せたらよくないだろ」
「卑怯者めぇ」
恨めしげに睨まれるが、へらりと笑って受け流す。
「似合ってるかどうかは言うから、それで満足してくれ」
「…………」
ストローをくわえて、目を細めた悠羽がじーっと見つめてくる。そんなに見てもなにも変わらんぞ、と頬杖をつく俺。無言で見つめ合って数秒。先に目を逸らしたのは向こうだった。
どこか誇らしげな顔で、見透かしたようなことを言う。
「そう言ってどうせ、当日までいろいろ考えてくれるのが六郎だもんね」
「なんのことだか」
机の下で、ちょんと悠羽の靴と俺の靴がぶつかる。
「またまた、照れ隠しなんてしちゃって」
「俺は観葉植物見てるから、一人で選べな」
「えーっ、私も見に行きたい」
「いや、お前は服を選ぶんだよ」
「ガジュマル買おうよガジュマル」
「我が家にガジュマルを世話してやる金はない」
つんつん、と靴同士がぶつかる。ちっとも面白いことではないのに、不思議と楽しくなってしまうのはなぜだろう。
そうだ。俺はずっと、こういうことがしたかったのだ。
帰り道の途中で店によって、座って話す。別に公園でも変わらないけれど、少しだけ金を無駄にして、くだらない時間を過ごす。
捻くれた俺にとって、満たされるとはそういうことなのだ。




