82話 ご報告
血の繋がりがないと知ってから、以前にも増してじわじわと距離を詰めてくる悠羽。それをひらひらと躱すように見えて、実際のところまるで抵抗できていない俺。
誤魔化すのは得意なのに、回避性能が低いとかいう意味不明な性能をしている。どこでステータスの振り方を間違えた?
そんなわけで、もう俺たちの関係を兄妹で済ませるのは無理がある。
面倒だし、全く気乗りしないがぼちぼち知り合いにも話さなきゃいけないのだろう。
と、いうわけで。
「俺と悠羽、血ぃ繋がってねえんだわ」
「…………ホワァッツ!?」
残念な親友でおなじみの新田圭次に、まずは打ち明けた。
反応は予想通り、口をあんぐりと開けて絶叫。前のめりになって、俺の肩を掴んでぐわんぐわん揺らしてくる。手を振り払って、「ふしゅーっ」と目を血走らせる圭次に続きを伝える。
「んでまあ、これからも一緒に暮らすことになると思う」
「……なんでそんなエロエロな展開になってんだよっ!」
「エロエロって言うんじゃねえよ。ぶん殴るぞ」
「エロエロだろうが!」
「…………まだ、違うはずだ……と思う」
後半にいくにつれて語気が弱まってしまうのは、正直あんまり自信がないからだ。現時点ではまだ大したことはしてないけれど。この先もそうかは、まだなんとも言えない。
圭次は青い空を仰ぐと、センチメンタルに呟いた。
「俺の妹が……」
「おい、言葉を選べよ?」
「ブチ切れるなって! ちくしょうビックリさせやがって。……まあでも、悠羽ちゃんが幸せならいいんじゃねーの」
「そうだな」
その点に関して言えば、全くもって同意見だ。
圭次は腕組みをして、なにやら難しそうに考え込む。相変わらずアホっぽい色の茶髪なので、深刻さは感じられない。しばしして顔を上げると、眉間にしわを寄せて俺を睨んできた。
「どうにかしてサブだけを地獄に突き落とせないもんか」
「奇遇だな。俺も圭次と奈子さんで同じこと考えてた」
拳を合わせて友情を確かめ合う。地球の最底辺はこちらです。
「なあサブ、片想いしてる男の側で『でもあの子たぶん彼氏持ちだよ』って言う仕事で生きていかないか」
「なに言ってるんだよ圭次。ボランティアに給料は発生しないぞ」
「そうか。社会貢献だもんな」
「それよりさ、恋人と同じ大学に通ってるやつの成績ちょっとずつ落とそうぜ。男の方だけな」
「俺が不幸になるじゃねーかよ!」
「最高だろ」
爽やかに笑ってやると、圭次は苦々しく舌打ちした。
ポケットに手を入れて二人、特になにもない道を歩き続ける。家が仕事場の俺は、ちゃんと体を動かさないといけない。せっかくだし、散歩に付き合わせているのだ。
「んで、悠羽ちゃんとはどこまでいってるんだ」
「別に」
はぐらかそうとすると、肩をがっちり掴まれた。至近距離に血走った目の男がいる。歯の間から吐く息が「シュコーッ」と不気味な音を立てる。
「どこまでだ……場合によっては、お前を殺す」
「……ハグしかしてねえよ」
途端に殺意を霧散させ、真顔に戻る圭次。何事もなかったように頷いて歩きだす。
「ならいいだろう」
「気持ち悪っ。お前は悠羽のなんなんだよ」
「繰り上がりでお兄ちゃんだ」
「そんな制度はねえ」
やれやれとため息。
ハグしかしていないと言ったが、逆に言えばそれだけはめちゃくちゃ求められる。
おかえりの、おやすみの、おはようの、いってらっしゃいの。全ての挨拶の接尾語にハグがある生活。
最初のほうは戸惑っていたが、さすがに慣れた。今日の朝なんか「はいはい可愛い可愛い。ほらいいだろ、いってらっしゃい」くらいの勢いで見送ってやった。やはり慣れは全てを解決する。
「ま、奈子さんにも適当に言っといてくれ。悠羽から伝わってるかもしれないけど」
「奈子ちゃんは最初から気づいてたのかもなぁ」
「は?」
「なんてな。サブが騙されるとは珍しいな」
「いやだって、奈子さんならあり得そうなんだよな……」
「気持ちはわかるぜ」
初対面の時からずっと、あの人にはなにか底知れないものを感じる。俺ごときには到底受け止められないなにかを。圭次に扱える代物でもないが、飲み込まれることで逆に上手くいっているっぽい。つくづく不思議なカップルだ。
「つーか今度、奈子ちゃんと悠羽ちゃんと、4人でダブルデートしようぜ」
「そんなしゃらくせえことはしねえ」
「サブの意見は聞いてねえ。悠羽ちゃんがしたいって言ったらするだろ」
その通りすぎてなにも言えなくなった。あいつの名前が並んだ時点で、俺の意見などあってないようなものだ。
「……どこ行くんだ?」
「この時期だったらやっぱ、紅葉狩りでドライブじゃね? 俺とサブで運転すりゃあ、わりと遠くにも行けんだろ」
「悪くないな。それじゃ、上手いこと日程合わせるか」
「おうよ」
時間を確認しようとスマホを開いたら、メッセージが来ていた。悠羽からだ。
『今日、学校まで迎えに来てくれない? 暇だったらでいいから』
「すまん圭次。急いで仕事終わらさなきゃいけなくなった」
「おっ、悠羽ちゃんからか?」
「ああ」
「んじゃ俺はそろそろ帰るわ。またな」
「おう。また」
ひらひら手を振って、俺たちは別れた。
あーあ。あいつ破局しねえかな。と心の中で呟いたのは、圭次も同じはずだ。
◇
我ながら驚異的なスピードで仕事を片付けて、六限が終わる頃に家を出た。正門で待って人に見られるとややこしくなるので、待ち合わせは少し離れたところで。
電柱にもたれて待っていると、小走りで悠羽がやってきた。息を上げて、俺のところまでくると膝に手をつく。
「はぁ、はぁ……。ごめん、待った?」
「この時間だったらわりと早いほうだろ。走んなくていいのに」
「六郎が待ってると思ったら、楽しみでつい走っちゃった」
姿勢を整えて、ふにゃっと笑う。こっちまで力が抜けてしまいそうなほど、柔らかな表情だ。小さく笑って、手を差し出す。
手を繋いで歩きだす。風の冷たさが気にならないくらい、温かい。
「どっか行くのか?」
「ううん。スーパーに寄って帰るだけ」
「スーパーで大きい物を買う予定があるとか」
「違うよ。下校デートしたかったの」
「……ああ。なるほどな」
そんなものもあったなと、昔を思い出す。すっかり忘れていた。
高校時代の俺は金がなかったら、それくらいしか――
「他の女の人のこと考えてるでしょ」
「いいや。アメリカの次期大統領は誰になるかを考えてただけだ」
鋭く見抜かれるが、こちらも即座に応戦する。だが、アメリカの次期大統領ではカードが弱すぎた。
頬を膨らませる少女は、ふんっと視線を逸らしてしまう。
「おーい、ダルいって」
手を引いて訴えかけると、悠羽はくるっと振り返る。その顔は満足げに笑っていた。
「どう? ちょっとヒヤヒヤした?」
「いや、シンプルに面倒くさかった」
「もー。だからモテないんだよ」
「俺がモテて困るのは誰だよ」
「うぐっ」
「別に俺はモテても構わんぞ。今から全ての非モテ要素を排除して、世の飢えた女性たちにアプローチしてやろうか」
「ダメダメ! 六郎は今のままで十分モテないんだから!」
「そうだよな……あれ?」
そこは今のままでいい。とかじゃないのかよ。この流れでディスられるのかよ俺。
「六郎の良さは、私だけがわかってればそれでいいの」
悠羽は軽快なステップで肩を当てて、そのまま手を引っ張る。
置いて行かれないように、俺も歩みを速めた。
「具体的には?」
「んー、ないしょ」
もう少し、ただ幸せなだけでもいいですよね。




