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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
4章 最後の嘘は破れない
80/140

80話 結婚するかもしれない

 俺が最後に隠すのは、三条六郎が歩んできた人生そのものだ。


 ――どうか彼女が、自分の親を嫌ってしまいませんように。


 余計なお世話かもしれない。

 本当のことを知ったぐらいで潰れてしまうほど、悠羽が弱くないことも知っている。


 だけど、自分の人生を振り返ったときにこう思う。

 誰かを嫌う苦しみなんて、知らない方がいいに決まっている。人を嫌うのだって、楽じゃないから。


 エゴでいいさ。

 君が笑ってくれるなら、それで。







 悠羽の頭はパンク寸前だった。


 六郎が実の兄ではないと言われて、彼が抱えていた重い荷物をやっと知った。ふとした瞬間に見せる息苦しそうな表情の意味も。悠羽に対して、どこか躊躇いがちな態度の理由も。


 手を握ったのは、一人じゃないと伝えるためだった。寄り添っていたから、想像よりもずっと距離は近かった。

 真っ直ぐに放たれた愛の言葉は、すべての思考を停止させた。


 パニックにならなかったのが唯一の救いだが、驚きすぎて上手く反応できなかった。

 六郎はそれを見て笑い、悠羽の手を引いて家に帰った。


 一晩経って、ふわふわしたまま朝食を作って、学校に行って、昼休みになってもふわふわは続いている。


「ゆは~。どしたん、ぽーっとして」

「ねえ志穂。私……結婚するかもしれないの」


「詳しくっ!」


 受験期の教室でぽつりと発された『結婚』というワードに、周囲の生徒がぎょっとした顔をする。だがすぐに、なにかの聞き間違いだろうと人が去っていく。

 その様子を見て、志穂は椅子に座るのをやめた。


「せっかくだし、中庭で食べよっか」

「うん」


 どこか夢見心地の悠羽を引っ張って、ボブカットの志穂は昇降口から外に出た。一秒でも早く話を聞きたかったので、外に出るやいなや切り出した。


「で、さっきの話はどういうこと?」

「……好きって言われたら、付き合おうってことだよね」


「うん。そうだね」

「愛してるって言われたら、結婚するってことだよね」


「…………うん?」


 たっぷり時間を掛けて考えて、志穂は目を丸くした。口をぽかんと開けて、やはりなにも理解できない。だが悠羽は理解してもらえたと思ったらしく、弁当箱を小さく揺らしながら言う。


「け、結婚ってどんなことしたらいいんだろ。……あの、私、そういうのよくわかんないし……彼氏もいたことないから」

「ちょーっと待った! ゆは、あんた今、この世の全てを置き去りにしてるよ! 光より展開が早いよ!」


「光より早い物質はないよ」

「ツッコミどころはそこじゃない!」


 こんなんで受験は大丈夫なんだろうか、という目をする悠羽の肩を揺らす志穂。ぐわんぐわんと前後に揺らされて、三往復で離す。

 肩で息をして、志穂はやれやれとため息をついた。


「ちょっとは落ち着いた?」

「私はずっと冷静」


「だめだこりゃ」


 妙にすんとした顔で、なぜか不満げな悠羽。志穂は髪を掻き上げてため息を一つ。


 ベンチに座って、弁当を広げた。

 10月も半ばを過ぎれば、外に出て食べようなんて生徒はほとんどいない。貸し切りの空間は、話をするのに最適だ。


「とりあえず、こっちからの質問に答えて」

「うん」


「その相手って、この間言ってたお兄さんなの?」

「お兄さんがお兄さんじゃなかったの」


「んーと、……ええ!? 義理だったってこと? おまけに両想い!?」

「そう! さすが志穂!」


 人差し指を立てて、悠羽がふふんと鼻を鳴らす。さっきまでのぼんやりとは一転して、艶のよい笑みを浮かべている。


「よかったねえ」

「うん。……よかったって、六郎も思ってくれたらいいな」


 血の繋がった家族に憧れを抱いていた彼の、本物の家族になるのだ。胸を張って、一人ではないと言ってもらえるように。側にいたいのだ。


 紙パックの野菜ジュースにストローを刺しながら、志穂はいくつかの言葉をのみ込んだ。恥ずかしそうで、それでいて嬉しそうな悠羽をしばらく眺める。


 志穂が購買で買ったパンを開けると、合わせるように悠羽も弁当を開けた。

 パンが半分になったくらいで、いろいろ整理した志穂が口を開く。


「でも、結婚は早くない?」

「え?」


「だって、ゆはとお兄さん……六郎さんってまだ付き合ってもないんでしょ。結婚って、その後だからね」

「六郎と……付き合う?」


「なんでわかんないのさ。結婚はイメージできてるんでしょ」


 呆れて言えば、悠羽は力強く何度も頷く。


「そうなの。結婚だとなんとなく、今の生活が続くのかなぁってなるんだけど」

「一緒に暮らしてるからか~。よくないとこ出ちゃってるなぁ」


「ねえ、付き合ったらどうするの?」

「えー、そりゃデートしたり」


「デート……」


 ぼんやりと虚空を見つめる悠羽。どうやらそれはイメージできるらしい。一緒にいれば、出かけることもあるか、と納得する志穂。


「キスとかもするでしょ」

「き、キス……」


 肩をぴくっと強張らせ、露骨に反応する。興味はあるらしい。


「あとは~、えっちなこととか」

「えっ――」


 いよいよ顔を赤くして、口をあわあわさせる。

 それを見て志穂は頬杖をつき、意地悪にニヤニヤと微笑んだ。


「ふふふ。こんなんで赤くなってるようじゃ、まだ結婚は早いね」

「うぅ……結婚ってすごい」


「反省した?」

「はんふぇいふぃました」


 俯いて水筒に声を反響させながら、気まずそうに悠羽はうなだれる。ふわふわしていた気持ちは、だいぶ落ち着いていた。現実ってすごい。


「続報、期待してるよ」

「……がんばりまーす」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  最後の最後、墓場まで持っていく噓がそれか。  自分の為でなく悠羽の為に。  悠羽が依存している様に見えて実は六郎の方が重症だったでござる。  ま、それも好し。 [気になる点]  悠羽から…
[一言] 家族愛か恋愛かも言ってませんしーー… まぁ、今更家族愛と言われたところで、血縁の真偽に較べたらまだ障害としては軽い軽い…いや、血縁無くても、嘘つかれて失恋しそうだったカポーもいたわけだけど…
[良い点] 可愛い 六郎にも見せてやりたい [一言] いつも楽しく読ませてもらってます!
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