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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
4章 最後の嘘は破れない
79/140

79話 幾千の嘘とたった一つの真実

 服を着替えて、外に出た。

 夜の街は静まりかえって、冷えた風が鼻先を掠める。隣を歩く悠羽は、コートを着込んでポケットに手を入れている。


「寒くないか」

「へーき」


 にっと歯を見せて笑う悠羽に、頷いて返す。


「そこの自販機で飲み物買うけど、なにがいい?」

「六郎と同じの」


「ブラックコーヒー買うけど」

「うっ……ココア」


「嘘だよ。寝れなくなるから、俺もココアにする」

「だ、騙したなー」


「ただの冗談だろ。そんな怒るなって」

「怒ってないし! ちょっと怒ってるだけだし!」


「どっちだよ」


 小銭を投入して、二回に分けてココアを買う。ちょっと熱いくらいの缶を、カイロ代わりにポケットに入れる。


「どこ行くの?」

「そうだな……あそこの公園にするか。お前がぼっち生活してたとこ」


「六郎が慌てて走ってきたところでもあるよね」

「あそこで食ったサンドイッチ、下手くそだったな」


「美味しいって言ってたじゃん!」

「不味いとは言ってねえよ。あの頃から比べたら、信じられないくらい上手になったよなって話だ」


「うっ……なんかそれ、ずるい言い方」

「俺はずるいんだよ」


 街灯の眩しさに目を細めながら、唇で弧を描くように微笑む。


「知ってるだろ?」

「知ってる」


 ブランコを囲む低い柵に腰を下ろして、なんだか落ち着かなかったので立ち上がる。ポケットからココアを取り出して、手の中で転がした。まだ開けていない。


「悠羽。お前、自分の血液型覚えてるか」

「どうしたの急に。占い?」


「いいから」

「O型だけど」


「親は?」

「お父さんがA型で、お母さんがO型でしょ。それで六郎は――A型だよね」


 ココアの缶をブランコの上に置いて、首を横に振った。


「俺はAB型だ。お前はもう覚えちゃいないだろうけど、小五の頃から俺は自分の血液型をA型だと言い始めたんだ」

「……どうして、そんな嘘ついたの」


 昔の俺は、年よりも賢いガキだった。どこかで見た知識は簡単に覚えられたし、調べ事をする熱量も無限にあった。


 だからその年で知ってしまったのだ。

 血液型から、家族でないことがバレるということを。


 本当に長い道のりだった。自分があの家の異物だと気がついて、悠羽に救われて、それからずっと嘘をついていた。

 全身に絡みついた嘘はもはや数えきれず、俺という存在そのものが偽者くさい。


「高校で生物を勉強してればわかることなんだが。O型の親から、AB型の子供は産まれないんだよ」


 月の光に照らされて、悠羽がそっと胸に手を当てる。大きく見開いた目は、まだなにが起きているのかを理解していないようだ。



「――俺は養子だ。血の繋がりなんてない、赤の他人だ」



 言葉にすると、それだけで胸が軽くなった。楽になったのではなく、空になったのだ。痛みもない代わりに、虚しさだけが心を満たす。

 指先に力が入らない。地面を見つめてしまう顔を、どうやっても上げられない。


「ごめんな。ずっと騙してて」

「…………」


「母さんの友達が交通事故で死んで、引き取られたのが俺だ。だからずっと、父親とは折り合いが悪かった。母さんは俺に気を遣ってた。それに耐えられなくなって、俺はあの家を出たんだ」

「…………」


 悠羽の声は聞こえない。下を向いているから、彼女がどんな顔をしているのかもわからない。

 砂を踏む音だけが、やけにはっきり聞こえる。


 組んだ指が震えてしまう。深呼吸しても直らないから、諦めて地面を見つめた。


「お前だけが救いだった。なにも知らない悠羽だけが、俺のことを家族だと思ってくれたから。だから……言えなかったんだ」


 臆病だと笑え。無意味だと罵れ。くだらないと嘲笑え。

 それでも、俺は――


「嘘でもいいから、お前に家族でいてほしかったんだ」



 鼻をすすって、消え入りそうな声で悠羽が絞り出す。喉の奥で詰まったのか、軽く咳き込んでまた鼻をすする。息継ぎするみたいに、苦しそうに息を吸う。


「……どうして」


 心配になって顔を上げると、悠羽は俺を見て泣いていた。涙が溢れて止まらない瞳を、震えて使い物にならない唇を、それでも逸らすことなく、真っ直ぐに向けてくれていた。


 悠羽が大きく息を吸った。綺麗な顔を涙で汚し、それをさらにくしゃっと歪めて、力の限りに叫んだ。


「ばか!」


 大きく一歩踏み出して、彼女が俺の腕を掴む。爪が食い込むほど強く握られているけれど、振り払おうとは思わなかった。

 ただ、目の前にある大きな瞳に吸い寄せられて。他のなにもかも忘れてしまうくらい、世界の真ん中に悠羽がいた。


「六郎は私の家族だよ! どうしてそんな簡単なこともわからないの」


 息が詰まった。思考が止まって、目の周りが痙攣する。


「嘘なんかじゃないよ。偽者なんかじゃないよ。家族って、ずっと一緒にいる人のことでしょ。だったらそれは――私にとっては、ずっと六郎なんだよ」


 突きつけられたのは、自らの愚かさだ。


 俺はいったい、なにを怖がっていたのだろう。

 こんなに強い光が側にあるのに、どうしてまだ、夜に怯えていたのだろう。


「……変わらないな、お前は」


 寝込んだ俺を助けようと、泣きながら帰ってきてくれたあの日のように。


 俺のために彼女が泣いてくれる。

 ただそれだけで、こんなにも幸せになれる。生きていたいと思える。この身に降りかかる不幸を、笑い飛ばすことができてしまう。


「俺がずっと悩んでたことを、簡単に解決しちまうんだから、お前はすごいやつだよ」

「六郎はもっと私を信用してよ。血が繋がってないから家族じゃないなんて、絶対言わないじゃん」


「わかってたさ」


 首を横に振って、やっとココアの缶を開ける。すっかり冷めた液体で渇きを癒やして、ため息交じりに言う。


「理屈じゃないんだ。俺にはもう、お前しかいなかったから」

「そっか。じゃあ……しょうがないね」


 ふにゃりと笑って、悠羽が手を伸ばしてくる。背伸びをして、やっと触れる前髪を撫でてきた。はらりと目の高さで揺れる黒。

 おもむろに頭を差し出すと、両手で撫でてきた。包み込むようにそっと、心まで溶かされそうになる。


「ねえ、六郎」

「ん?」


「ずっと辛かったんだね」

「……そうだな」


 強がることはしなかった。少なくとも、今は彼女の優しさに身を委ねていたい。


 頭を撫でていた手が止まって、暇な右手が捕まえられた。指を絡め合って、手を繋ぐ。

 肩を寄せ合って、そのままの距離で見つめ合った。息がかかるほどに近く、お互いの顔しか見えない。


「辛いことがあったら、これからは言ってくれる?」

「できる限りそうする」


「寂しくなったら、私のことを呼んでね。いつでも一人じゃないって教えてあげるから」

「わかった」


 絡み合う指はまだ、ちょうどいい居場所を見つけられていない。動かすとくすぐったくて、それを堪える少女が可愛らしい。


 恋なんかしない。そんな感情は、とうの昔に越えてしまっているから。


「なあ、悠羽」

「なーに?」


 幾千の嘘を積み重ねて歩んできた。

 その全ての嘘は、たった一つの真実のためにあった。




「愛してる」

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― 新着の感想 ―
やっぱ隠すのはそれだよね…。 後すこし気になるのは六郎の「愛してる」が悠羽の望むものなのかどうか…?
2025/04/29 15:30 退会済み
管理
[一言] なんだか、本当に幸せに行きそうなので、一つ前を振り返ってみたりして。 六郎は、血縁のことを話さなかったのは、ただ一人の家族である義妹が離れていくのが怖かったから。そして、それを話しても受け…
[良い点] このお話が好きです。あなたの産んだキャラクターが好きです。 こんな作品が書籍化して欲しいと思います。もっとたくさんの人に読んでもらいたい
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