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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
4章 最後の嘘は破れない
73/140

73話 君がいればそれだけで

「……見てもいいの?」

「ああ、いいぞ」


「ちょっと、ううん。すっごい緊張してきた」

「俺もだ」


 すぐ近くで悠羽が熱っぽい息を吐く。それと同じように、俺も肺の中に残った少しの空気を押し出した。

 指先が震える。緊張で乾いた唇を舐めて、強く目を閉じ、開けた。


 マウスをクリックしてページを更新。必要な情報を打ち込んで、先月行われた試験の結果を確認する。


 830


 真っ先に目に入ったのは、その数字だった。


「ど、どうなのこれって」


 肩を掴んで悠羽が揺すってくる。だが、しばらくの間俺はまともに返事ができなかった。

 たっぷり三分ほど呆然としてから、なんとか言葉を吐き出す。


「……くっそ上振れた」

「それって」


「死ぬほどいい点数だ――と思う」

「やったじゃん!」


 抱きつかんばかりの勢いで背中が叩かれる。まだ信じられなくて、ぼーっとしたまま点数を確認する。読解、リスニングの点数を確認して足してみる。間違ってない。受験者の名前、俺だ。


 まだこれで食っていけるレベルではないが、相当いい点数なのは間違いない。就活生だったら、喉から手が出るほどほしい点数だろう。


「うわぁ……俺すっご」


 そりゃ生活かかってるから必死にやったけど、ここまで伸びるとは思わなかった。高校出てからしばらく英語を使わなかった人間とは思えない。

 せっかくだし、圭次に煽りのメッセージを入れておく。


『830だったが、お前は?』


 返信はすぐにあった。


『670じゃボケ』

『雑魚乙』


 さすがに今回は俺の圧勝なので、泣きじゃくったスタンプで会話が締められる。今度会ったらまたボコボコに煽ろう。


「800点以上って、え、大企業の就職にも使えるらしいよ」

「らしいな。でもまあ、それは大卒って条件が先に来るから。これ単体で仕事取ろうと思ったら、あと2、30点はほしいけど。ま、上々だろ」


「ここから大変?」

「もっと勉強すればいけるんじゃね」


「やっぱり六郎って、勉強できるんだ」

「久しぶりにやったけどな。なんとかなったらしい」


「熊谷先生に教えないと! ね」

「そうだな。明日学校に顔出すよ」


「どうしよ、どうしよ、えっと……ケーキとチキンとピザと……」

「クリスマス始まってるって」


「あとジャックオランタンと鏡餅」

「11月から1月のハッピーセットかよ」


 ジャックオランタンは食いもんじゃねえし。ランタンだし。


「いいよ、そんな盛大に祝わなくて。これ以上いい点取りづらくなるだろ」

「そっか。じゃあ、ケーキだけ買おうよ」


「そうだな」


 椅子に深く座って目を閉じる。長く深く息を吐いた。

 張り詰めていた緊張が、やっと本当の意味で抜けていく。まだ終わりではないけれど、少なくとも俺に才能が残っていることは証明された。


 俺は……終わってない。


「嬉しい?」


 自然に口角が上がっていたらしい。悠羽の問いに、頷きで返す。


 改めて思う。彼女の存在は、際限なく俺を強くしてくれる。どんなことだって、悠羽が後ろにいればできる。力を貸してもらう必要なんてない。ただそこにいてくれれば、それだけで。


「ありがとな」

「……なにが?」


「なんでもない」


 礼を言ったって、意味はわからないか。そりゃそうだ。

 説明するのも野暮な気がして、緩く首を振る。悠羽は何度か瞬きをして、ふわっと微笑んだ。


「どういたしまして。って――言っていいんだよね」

「好きにしろ。俺は仕事に戻るぞ」


「うん。頑張って」

「おう。4時ぐらいになったら買い物行こう」


「はーい」


 今日は日曜日だが、サラブレッドは休業だ。紗良さんが絶対に見たいレースがあるとかで、店にいないからバイトもない。

 俺は普通に週七で仕事な夢のフリーター生活だ。辞め時がわからないから、無限にできるね。ハッピーハッピー。


 自室の扉を閉じて、抱えたパソコンをセットし直す。


 机の脇には、通帳が置いてある。目に入ってつい、舌打ちしてしまった。さっきまでの明るい気分が陰って、より嫌な気分だ。


 9月、10月に振り込まれた金額の一覧に10万の数字はない。

 俺と悠羽のバイトと仕事のぶんだけが並んでいるだけだ。


 10万。

 それは、俺が悠羽の父親から毎月受け取ることになっていた金額だ。


 あの男から振り込まれる10万には、まだ手をつけていない。6,7,8の三ヶ月で30万円。きっちりと貯金している。

 悠羽名義の口座へ、いつか移すために取ってある。


 生活に問題はない――が。止まったということは、どっちかだ。

 あいつが悠羽を諦めたか、あるいは遂に倒れたか。


 前者ならオッケー。後者だったら面倒くさい。

 だからどうか、諦めただけであれと願うが。なんとなくわかってしまう。おそらく、あの男は倒れたのだと。


 だってあいつは――俺と同類だ。


 母親の方は理解の及ばない化物だが、父親は精神の脆い人間だ。どんなに憎めど、共感できてしまう部分はある。

 悠羽と過ごすようになった今なら、より強く。


 まだ生きているのだろうか。いっそ死んでいれば、話が楽でいいのだが。


 そこでまた、舌打ちする。


 だめだ。悠羽はどうせ、あいつが死んだって悲しむ。都合がいいのは俺だけだ。


「……どうすっかなぁ」


 投げてあったシャーペンを拾って、指の間で振る。

 試験じゃないから、答えは求められなかった。






 知らない番号から電話が来たのは、三日後のことだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  英語の方は順調やね。 [気になる点]  くそ親父は倒れたか。  薬漬けから3ヶ月か。  早いのか遅いのか。  そして連絡が来るということは入院レベルか下手すりゃ一発アウト状態か。 [一言…
[一言] おお、TOEICかな。受けたことないけれど、830って相当いいんだろうな。 父親は倒れましたか。二人の生活も、なかなか順調にはいかない。
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