67話 試験のあと
積み重ねてきた時間に比べて、試験というのはあっという間だ。
受験会場を出ると、まだ強い日差しが顔に直撃する。目を細めて手をかざす。バカに青い空で、その下を歩く人々は半分ほどが半袖姿だ。
その中に、見知った茶色を見つけた。
「おい」
「サブじゃん。どうした、大学まで会いに来るほど俺に飢えてたのか?」
「もう満たされたから、あと五十年は会わないでいいぞ」
「週五で会おうぜビッグフレンド」
「俺はお前ほど暇じゃねえんだよ」
並んでだらだら歩く。こいつも正門の方へ向かっているらしい。
「圭次も試験か?」
「おうよ。再来年には大学院だからな。早いうちに準備しとこうと思って。サブはどうした」
「仕事の幅を増やすためだ」
「翻訳とかか」
「そこまで大層な仕事かはわからんが……ま、似たようなもんだ」
「ほーん。で、出来はどうよ。俺っちは全然ダメ」
「まあ、別に……」
「おっ! サブもだめだったか!」
声のトーンを落とし、俯き気味に呟く。すると圭次はうっきうきで声を張り、傷のなめ合いを持ちかけてくる。
そんな愚か者のはしごを外すように、口角を持ち上げる。
「別に難しいとは思わなかったぞ」
「てめえ騙しやがったな!」
「なにも聞いてねーのに勘違いするやつが悪い」
「くっ、そう言われるとなにも返せん。てか、サブが英語でミスるはずねえもんなぁ」
忘れてた、と嘆きながらため息をつく圭次。
「高校の時から思ってたけどよ、なんでそんなに英語できんだよ」
「できるまでやったから」
「参考にならん……。じゃあ質問変えっけど、なんであんな真剣に英語やってたんだ。今じゃなくて、高校時代なら他のでもよかったろ」
「さあな。なんとなく、俺はこれだって思ったんだよ」
熊谷先生に力を貸してもらって、高校で初めて一位を取ったのが英語だった。その時に思ったのだ。これは向いている、と。
五教科総合でトップを取ったり、最難関大学に受かるだけの力はない。それでも俺の英語は、ちゃんと社会で通用する。そんな気がしたのだ。
いや、違うか。もっと単純だ。
できたことが嬉しかった。
はっきりと形になって、才能というものが見えた気がして、嬉しかったのだ。
圭次は「はっ」と笑い飛ばすと、呆れたように横目で見てくる。
「これだって思っちまったやつに勝てるわけねーか」
「そうだな」
「思ったけど、サブってけっこうハイスペだよな」
「なんだよ急に。気持ちわりいな」
「いやこれは本心な。だってよ、就職にちっとも強くねえ高校出て、なんだかんだちゃんと生きてるもんな。今じゃ悠羽ちゃんまで一緒になって、俺なら絶対潰れてるね」
「俺は耐性があるからな」
「なんの?」
「理不尽に対して。詳しくは聞くな」
「ほーん」
間延びする返事をして、俺の頼み通り圭次は話を変える。
「この後暇なら、飯食いにいこーぜ」
「また今度な。今日は悠羽が待ってる。ほら、あそこ」
正門のすぐ脇で、大学生の流れに飲まれまいとしている少女。
高校三年で、年齢はさほど離れていないのに、やはりこの中では幼さが際立っている。彼女なりの大人っぽい格好なのか、デニムジャケットにワイドパンツというコーディネートだ。
「お前、さては悠羽ちゃんとデートか」
「最近構ってやれなかったからな。買い物とか行くんだよ。デートじゃねえ」
「羨ましいやつめ!」
「奈子さんという彼女がいながら……お前ってやつは」
「奈子ちゃんとは別の話だ! 浮気はしないが妬みは消えない! 俺は自分の心を裏切らない!」
「忌まわしい化け物め」
勢いで格好つけているが、冷静になればただのゴミだ。なにゴミで出したら回収してもらえるか、後で役所に問い合わせてみよう。
こっちに気がついた悠羽が小走りで近づいてくる。それとなく圭次の前に立って出迎える。
「おいサブ、なぜ俺を隠す」
「教育に悪いからだ」
「俺の魅力はR18ってことか」
「ゴ魅力は18禁で間違いない」
悠羽はもう18歳だから通用しない、という話は置いておいて。男二人でのアホ話もここで終わりにしておく。聞かせられる内容じゃないのは確かだ。
悠羽は圭次に気がつくと、ぺこりと会釈した。
「こんにちは」
「こんにちは。お祭りの時はありがとね、お好み焼き美味しかったよ」
「こちらこそ、買ってもらってありがとうございます。奈子さんにもお伝えください」
「おっけー。後で言っとくね。それじゃ、俺はこのへんで。二人ともまたね」
爽やかな笑みで返すと、圭次はひらひらと手を振って去って行く。
俺と話していた時とはまるで別人だ。なんだあの好青年は。俺の醜い親友を返せ。
「新田さんっていい人だよね」
「お前にはそう見えるよなぁ」
「どういうこと」
「いいから飯食いに行こうぜ。ランチタイムが終わったら高くなる」
「どーいうこと」
まったり伸ばし棒を入れながら、軽やかに悠羽が横に並んでくる。足取りだけで楽しみにしていたのが伝わってくる。手に持ったポーチの振り方も、感情に合わせてか大きめだ。
答えない俺の腕を、横から悠羽が小突いてくる。
仕方がないので、親友の名誉に傷をつけることにした。仕方がないよね。俺は悪くない。
「圭次は俺の友達なんだから、まともなやつのはずないだろ」
「そっか」
「そこまですんなり納得されると、さすがに傷つくもんだな」
「悪い意味じゃないし。新田さんが優しいのも、六郎と同じなんだねって思っただけ」
「すっげえ嫌だ」
「なんでー」
「あのアホと一緒とか、不名誉の極み過ぎる。たぶんあいつもそう言う」
「仲良しじゃん」
「そうなんだよなぁ」
誠に遺憾なことに、結局あいつが一番しっくりくる。
加苅と喧嘩するのも悪くはないが、やはり全力でぶん殴っていいのは圭次しかいない。たぶん、あいつにとっての俺も。
「昼ご飯、どこ行く? あ、せっかくだし私もサラブレッド行ってみたいかも」
「だめだ」
「なんで?」
「俺の命が危ないからだ」
「なんで!?」
うっかりしっかり紗良さんのことを「おばさん」と言ってしまったからだ。
あれは五月のことだったか。まだ三ヶ月と少ししか経っていないので、時効にはほど遠い。手土産に当たりの馬券を持っていかない限り、許されることはないだろう。
「とにかく今日はだめだ。喫茶店でランチ以外の選択肢は存在しない」
「どうするの。バイト紹介してくれるんでしょ」
「なんとかする」
試験が終わって解放された頭で、やっとそっちの問題にも取りかかれる。
まあ、最悪土下座すればいいか……。




