64話 エンドロールにはサイダーを
「二人とも、忘れ物はないわね」
「なにかあったら送ってあげるから。思い切って出発しなよ!」
文月さんと加苅が玄関前に並んで、大量の荷物を抱えた俺たちを見送ってくれる。
悠羽の荷物が多かったのは元からだが、今では俺の両手も巨大に膨れたレジ袋でいっぱいだ。村の人たちがお土産にとくれた、野菜やお菓子や、その他もろもろの品である。
ちびたちの面倒を見たり、祭りの手伝いをしたり、なんだかんだ多くの人と関わった夏だった。悠羽もいたからお礼も二倍で、それはもうとんでもない量だ。
「ほとんど送ってこれだもんな……」
「がんばろ!」
げんなりする俺の横で、悠羽が拳を握る。こいつはどうやら、行きの地獄を忘れたらしい。思い出させるのも酷なので、敢えて口には出さないが。
「それじゃ、そろそろ時間だから行くよ。文月さん、お世話になりました。加苅も元気でな」
「ロクくんがまともな挨拶してる! すごい、これは世紀の大事件だよ!」
「うるっせえな! 俺だって真面目に話すときもあるってか、基本俺は真面目だ!」
「うっそだー! いっつも人を小馬鹿にしてへらへらしてるくせに!」
「いっつも馬鹿真面目に他人に迷惑掛けてるやつに言われたくねえなぁ!」
「ぐぐぐっ」
「ぎぎぎっ」
歯を食いしばって睨み合う。来年までの怒りを前借りして思いっきり怒りをぶつけ合い、どちらともなく脱力する。
「じゃあ、またね。ロクくん」
「おう。気が向いたらまた来る」
一歩下がると代わりに悠羽が前に出て、両手を横に広げた加苅の胸に飛び込む。
「美凉さ~ん!」
「悠羽っち~!」
二人はひしと抱き合うと、別れの寂しさを噛みしめるようにべたべたと……俺はいったいなにを見せられてるんだ。
苦笑いして文月さんを見ると、穏やかな笑みを返された。
「またおいでね。悠羽っちはあたしの大恩人なんだから、いつでも大歓迎だよ」
「もう、やめてくださいよ。そんなつもりじゃないんですから」
「いい子すぎる……ロクくん、悠羽っちもらっていい?」
「馬鹿が」
「ちぇっ」
加苅は悠羽を解放すると、文月さんの隣に戻った。
俺たちも荷物を持って、手を振る二人に向けて別れの挨拶を口にする。
「「いってきます」」
◇
「ねえ、次のバスまだ?」
「二時間後だな。田舎では常識だ」
「もうやだ……早く帰りたい」
「やっぱ車がないときついか」
「買う?」
「ま、そのうちな。とりあえず俺は試験と……あとは悠羽のスマホを買い換えないと」
「ろ、六郎とファミリープラン!?」
「なににやけてるんだよ」
「に、ににゃけてないし!」
「噛み噛みじゃねえか」
「きゃみきゃみじゃないし!」
「狙ってやってんのかと思うくらい噛むじゃん」
「うぅ……」
「――スマホ買って、寒くなる前にカーペットも用意したいな。あとは……お前、映画のサブスクとか契約したら嬉しいか?」
「サブ?」
「俺じゃねえよ。毎月いくらか払って、定額で見放題のやつ」
「え、いいの!?」
「そんくらいの余裕はできたろ。俺たち、けっこう頑張って働いたからな」
「じゃあさ、一緒に映画観ようよ。部屋を暗くして、毛布被って観るの」
「ホラーかよ」
「ふふふ」
「ま、いいけどさ」
「私ね、文月さんと利一さんから料理のレシピもらったんだ。それで料理作って、食べながらでもいいかもね」
「へえ。利一さんからももらったのか」
「そう。和洋どっちも作れたら、毎日楽しみが増えるでしょ?」
「確かに」
「なにか食べたいものある? 今日帰ったら、さっそく作ってあげる」
「残念な知らせだが、家に着くのは日付が変わってからだ」
「ええっ!?」
「ことごとくバスの時間が噛み合わなくてな」
「もうやだぁ」
「車があればな」
「私、いっぱい働く!」
「お前はまず高校卒業しろ。どうせ秋からは推薦で大学決めるやつもいるんだから、そいつらと遊ぶ時間もちゃんと取れ」
「でも私、働くの嫌いじゃないよ」
「嫌でも遊んどけ。高校でたら『また絶対遊ぼうね』っつって消息不明になるやつが多発するらしいんだから」
「誰情報?」
「圭次が言ってた。俺は元から友達が少ないからわからんが」
「そっか。……うん、わかった。遊べる人がいたら、ちゃんと遊ぶ」
「そうしてくれ」
「六郎とも遊ぶ」
「ああ」
「ねえ、バスまだ?」
「まだまだだ。ちょっとあっちの自販機で飲み物買うか」
「荷物持ってかなくていいの?」
「どうせ誰もこねーよ。ほら、行くぞ。なに飲む?」
「六郎とおんなじのがいい」
「ちゃんと選べ」
日差しの中を歩いて行って、古ぼけた自販機の前に立つ。
硬貨を入れ、ボタンを押す。
ゴトリと音がして落ちたペットボトルを取り出し、悠羽に手渡す。
おそろいのサイダーをあける。
懐かしい夏の音と共に、炭酸の甘酸っぱい匂いが弾けた。




