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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
3章 嘘つきと蛇の物語
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59話 ずるいよ

 夕飯にバーベキューをして、汗と煙の匂いをシャワーで落とした。

 あたりはすっかり暗くなって、頼りない数の照明がキャンプ場を照らしている。自販機なんかは、虫たちが密集していて使うには勇気が要る。


 団体で来ている子供たちは、キャンプファイヤーを囲んで踊ったり歌ったりしている。遠巻きにそれを眺めていたら、後ろから足音がした。

 振り返ると、忍び足で近づいてくる悠羽と目が合う。驚かせようと両手を構え、口元をにやつかせている。だが、その直前で俺が気づいてしまった。少女はぴしっと固まって、気まずそうに目を泳がせる。


「…………」

「なんか、その、すまん」


「…………」

「俺、前向いてるから。続きどうぞ」


「そういうんじゃない!」


 あんまりにも悲しそうな顔をするから、リテイクを申し出た。が、お気に召さなかったらしい。悠羽は脱いだ服の入った袋を上下に振って、やり場のない思いごと振り回す。


「六郎、察しよすぎるよ」

「俺くらいになると、常時誰かに命を狙われてるからな」


「なにやったの」

「ネットにフェイクニュース流して株価を混乱させた」


「じゅ、重罪……」

「ってのはさすがに嘘だ。そろそろ戻ってくるかなと思ってたから、運がよかっただけだよ。けっこういい忍び足だったぞ」


「バレたのに褒められるのふくざつ……っ」

「ああ、すまん。全部だめ」


「そういう、こと、じゃないっ!」

「褒められたいのか貶されたいのか、はっきりしてくれよ」


「触れられたくないの! 恥ずかしいから!」

「……いい天気だな」


「痛々しい! その流され方する私、腫れ物扱いじゃん!」


 俺の耳がよかったばかりに、ややこしいことになっているな。ああいうとき、さらっと気がつかないフリできるのがイケメンなのだろうか。

 イケメンってすごくね?


 などと考えている俺の横を通り過ぎて、悠羽は遠くを指さした。


「キャンプファイヤーやってるんだ」

「さっきのちびっ子クラブがな」


 話題が移ったので、安心して横に並ぶ。


「一年の宿泊学習のときやったな~」

「…………」


「六郎もやったでしょ。その時はどうだったの」

「どうだったかな。忘れちまったよ」


「そっか。もう五年前だもんね。私も、自分の五年前は思い出せないや」

「俺が高一で、お前が中一か。ずいぶん昔だな」


 俺が勉強を自分の武器にしようと決めて、性格が殺伐としていた時期だ。だが、その時期も悠羽の前では普通にしていた。

 いや、違うな。

 悠羽の前にいると、溜め込んだ毒が抜けていく。どれだけ苛立った日でも、「まあいいか」と思えた。抱え込んでいたのはそうだが、悠羽のせいで溜め込んでいたわけじゃない。


「『中学校行ったら六郎と通えるんじゃないの?』って泣いてたよな、お前」

「な、そんなことないし! そういう嘘つくの、よくないって」


「嘘、ねえ」

「ニヤニヤするな。ほんっと、嘘しかつかないんだから」


「まあ、そういうことでいいんじゃないか」


 どうせ俺と悠羽しか知らないことだ。他の誰かに知ってほしいわけでもない。


「六郎だって『悠羽を中学校に連れて行く』って、昔言ってたじゃん」

「言ったが。なにか問題あるか」


「なんで堂々としてるの!?」

「んなもん、他の黒歴史に比べりゃかわいいもんだ。なんも怖くねえ」


「強すぎるって」


 いいか悠羽よ、これが大人になるということだ。動揺せずにずっしり受け止めれば、案外なんとかなる。恥という感情がない人間こそ最強。


「現に今、中学どころじゃない場所まで連れてきちまったしな」


 自覚するほどに、とんでもない場所だ。こんな未来を、いったい誰が想像しただろう。


「後悔してる?」

「まさか」


 最近までずっと考えていたが、たぶん、これが最良の選択だったのだろう。そう思えるようになってきた。そう思えるように、頑張るのが俺の役目だ。

 選んだ段階ですべての結果が決まることなんて、紙のテストくらいなもんだ。世の中ってのはもっと複雑で、救いようがある。


「……卒業したら、私、どうしようかな」

「やりたいこととかあるのか」


「わかんない。でも、働くのは嫌じゃないから。今みたいに六郎と暮らすのもいいかなー、なんて」

「まあ、何年かはそうかもな」


 やりたいことがないなら、自然とそうなっていくのだろう。悠羽はまだ18歳だ。20になるくらいまでに、なにかの道を示せればいいが。


「何年か、じゃなくてさ」


 ぽつりと、掠れるような声で呟く。黒髪から覗く横顔が、ひどく儚げに見えた。

 左手に小さな手が添えられて、潤んだ瞳が見つめてくる。


「ずっとじゃだめかな」

「ブラコンもほどほどにしろよ」


 そっと突き放すように一歩下がる。

 そのとき、悠羽の目の色が変わった。ずっとこの瞬間を待っていたかのように、獲物を捕らえる色になる。


 それでようやく思い出す。

 彼女は――三条悠羽は俺の妹だ。


 血の繋がりなどありはしない。それでも、彼女は生まれてからずっと俺の妹として生きてきた。

 きっと誰より、その性質は俺に似ている。


 少しも似ていない綺麗な顔で、艶やかな唇で、はっきりと言葉を紡ぐ。



「ずるいよ」



 ずしりと、胸の奥が軋むのを感じた。



「お兄ちゃんなんて呼ばせてくれないのに、そうやって逃げるのはずるいと思う」



 俺が張り巡らせた嘘の中を泳いで、強かに彼女はたどり着く。

 一歩。悠羽が距離を詰めてくる。遠くのキャンプファイヤーは弱火になって、顔はおぼろげにしか見えない。


「私にとって、六郎は六郎なの」


 嘘はいつか、自分の首を絞める。わかっていたことだ。

 動揺は既に引いていた。浅く息を吸って、なんとか答える。


「――そうだな。今のは俺が悪かった。……ごめん」

「ううん。私も、変なこと言ってるの……わかってるから」


 かける言葉は見つからず、さっきの問いにも答えられず。


 その夜、俺たちは初めて背中を向け合って眠った。

 眠っている、フリをした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 派手ではないけど、確かに一つの山であった気がする。 登って、登って。あとは下るだけ。
[良い点]  ああ‥‥‥こういう徐々に距離感の変化が出てくるのは良い。  お互いわかった上でおっかなびっくり近づいて行く感じ。
[一言] すげぇいいわぁ
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