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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
3章 嘘つきと蛇の物語
58/140

58話 変われない

「六郎はいっつもヘンタイなことばっかり考えてるんだ」

「そうだが?」


「――っ、な、なんで平気でそういうこと言うの!? 馬鹿なの!?」

「残念、賢さ高めのクズだ。倫理観はさっき川に流した」


 岸に上がってカーディガンを羽織り、胸を隠すように体育座りで丸くなる悠羽。どうやらこいつは、俺が自分の胸に興味津々だと思っているらしい。


 俺、今回ばっかりはなーんも悪くなくね?

 むしろ下着が透けるのを阻止したわけだし。救世主だし。少なくとも、怒られる筋合いはないよな。これで怒るのが女心ってもんなんすかね。


「妙な勘違いしてるみたいだけどな、俺が好きなのは年上の危険なお姉さんだ。変な意識してるんじゃねえぞ」

「き、危険なお姉さん……」


「そうだ。経験豊富で、バイクなんか乗りこなして、煙草の似合うお姉さんだ」

「嘘」


「少なくとも、その対象にお前が入ることはねーよ。俺くらいのクズなら、濡らしてから困ったフリするね」


 タオルで足を拭いて、靴をはき直す。川辺にかがんで、ぼんやりと水面を眺める。

 こういうときは、しばらく時間を置いた方がいいと最近学んだ。俺は喋りすぎると、いろいろ事態をややこしくしてしまう。


 悠羽をエロい目で……ね。

 見てたらこんな平和に暮らせてねえ。腕枕された時点でやっばいことになってる。

 別に俺は枯れてるわけでもないし、ただシンプルにそういう目で見てないというだけだ。エチエチお姉さんを欲する心に偽りはない。


 川の流れ60分みたいな動画を落ち着いて見ていられるタイプではないので、立ち上がって足下の石を拾う。平べったくて手頃なのを選んで、水面に向かって投げる。


 ぽん、ぽん、ぽん、と三回跳ねて落ちた。まあまあ上出来か。


 二投目は二回跳ねて、三投目はは四回。さらなる記録を狙って、より水切りに適した石を探す。手にすっぽり収まって、平たく、指を引っかけられるよう四角のものがいい。

 夢中になってしばらく遊んでいると、後ろからぼちゃんと音がした。


 少し待ってから振り返ると、悠羽の投げた石は一切跳ねることなく川に飲まれていく。


「い、今のは失敗しただけだから!」

「なにも言ってないが」


「見てて! 次は汚名返上するんだから」

「ほう……」


 腕組みして、プレッシャーを全身から発しながら悠羽の水切りを観察する。本気で圧をかけるため、一挙手一投足を凝視する。


 どぼん。


 豪快な音を立て、川底がまた少しだけ高くなった。


「ち、ちがっ、今のは石が重かっただけで」

「なにも言ってないが」


「なんか言ってよ!」

「投げ方がだめ。石がだめ。視線がだめ。握り方もたぶんだめ」


「もうちょっと言い方があるでしょ!」

「ああ、すまん。全部だめ」


「そうじゃなーい!」


 なんでわからないんだ、と地団駄を踏む悠羽。俺は首を傾げる。


「なんだ。端的に言ってほしいんじゃないのか」

「人の頑張りを否定から入るの、よくないと思う! とりあえず褒めるの!」


「だって褒めるとこねえもん」

「そういうとこで嘘つかなくてどうするの!?」


「オレ、ウソ、キライ」

「もー!」


 呆れて牛になってしまった悠羽さん。今日も今日とて感情が豊かだ。ついでに機嫌も直ったようで一安心。やっぱり時間と水切りは偉大だ。


「やり方覚えりゃ何回かは跳ねるから、見とけ」

「……」


 むすっとしてはいるが、あれはそこまで怒ってないときの顔だ。むすっとレベル1。


 黙って見ている悠羽の手に、さっき拾った石を一つ渡す。


「使うのはこういうのな。ちゃんと手に収まって、なるべく平らなの。握り方は、人差し指の関節に引っかかるように……そうだ」


 そこまでできたのを確認して、あとは投げ方。


「視線は下じゃなくて前で、左足を大きく前に出して、低い位置で投げる。水面にできるだけ平行にやるのがコツだ」


 ゆっくりと流れを説明して、実際に投げてみる。五回跳ねて沈む。


「すご」

「別に、こんなんできても意味ねえよ」


「でも投げ方とか調べたんでしょ」

「んなわけねえだろ」


 悠羽の顔がみるみるうちに緩んでいく。嘘が見抜かれたときの顔だ。


 まったく、俺の嘘は見破られるし、悠羽の表情で全部わかるし。お互いへの理解度ばかり無駄に高くなってるな。

 そのうち俺の嘘は通用しなくなって、悠羽が喋らなくても全部わかるようになるんじゃなかろうか。盗聴器の通じない生活だが、それ以外に使い道もない。


「やってみる。見てて」

「足下滑るから、気をつけろよ」


 悠羽は頷いて、言った通りのモーションで石を放る。ぽん、と一回だけ跳ねた。

 たかが一回。だが、どぼんからの一回は特別なものだろう。


「ほんとに跳ねた……ねえ、見てた?」

「ちゃんと見てなかったから、次は二回跳ねさせてくれ」


「見てるじゃん」


 口元を小さくほころばせて、すぐにもう一投。今度は三回跳ねた。


「私、才能あるかも」

「天才だ」


「馬鹿にしてるでしょー」


 甘やかな調子で唇を尖らせると、指先で腕を突いてくる。


「この、この、この~」

「だるっ、うざっ、めんどっ」


 迫ってくる悠羽の指を払いながら、石の上で軽快にステップを踏む。

 日は傾いて、川辺には俺たちしかいなかった。いつの間にか子供たちは帰ったらしく、ここには誰も視線もない。


 だからというわけはないが、じゃれてくる悠羽の手を掴む。

 動体視力がいいおかげで、綺麗にキャッチできた。少女の小さな手は、簡単にすっぽり収まる。


 静寂が落ちて、視線が絡まる。

 少しだけ驚いた顔の悠羽に、俺はどんな顔をしているのだろう。優しく笑えていればいいが。


「そろそろ戻ろうか。腹減った」

「……うん」


 やけに素直に頷いて、ぱっと離れると荷物を拾い上げる。


 振り返って俺を待つその隣に並んで、来た道をゆっくり引き返す。


 斜め下にある横顔は、昔の面影があっても同じではない。目線が合ったとき、恥ずかしげにはにかむ表情も、そこに含まれる感情も変わっていく。

 変わらないのは、俺だけだ。


 昔からずっと、この先もずっと、悠羽が可愛くて仕方がない。

 まあそれも、とっくにバレちゃいるとは思うが。

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― 新着の感想 ―
[一言] これはもう、ただのイチャイチャですわね。 ほんとに、もう。
[良い点]  とても丁寧にふたりの関係が書かれています。  善き善き。 [一言]  嘘つきロクくんは、いつまで自分に嘘をつき騙し続ける事が出来るのだろうか。  悠羽に全身全霊で懇願された時拒否しきれる…
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