56話 このままでいられれば
キャンプ場について受付を済ませ、設営されたテントまで案内してもらう。
キャンプブームで興味を持ったカジュアル層を取り込むため、最近はより快適に過ごせるよう工夫しているらしい。面倒なことはすべて、スタッフさんがやってくれた。
「自然剥き出しだけじゃあ、いまどきの子たちには厳しいですから」
その言葉通り、施設内には売店や数棟のコテージもある。自然の中で、触れあわずに癒やされるという選択肢を取りたい人は多いらしい。
結局のところ、趣味というのはカジュアル層が一番多いのだ。玄人向けにするより、ハードルを下げた方が上手くいくのは必然と言える。
森を切り開いてできたキャンプ場では、子供たちが大勢駆け回っていた。大人が数名で相手をしているところを見るに、なにかのクラブだろう。
「けっこう人気なんだね」
「な。こんなにちゃんとしたとこだとは思わなかった」
前に来たときは、ちらっと話題に上がるだけの場所だった。それが今では、立派なホームページまで作って盛り上げている。
「結局、子供が考えるようなことは大人も考えてるんだよな」
「なんのこと?」
「村おこしのこと。危機感も愛着も、ずっと住んでる大人のほうがあるだろ。だから、頑張ってるのは加苅たちだけじゃないんだよなって」
「そうだね。皆で頑張ってるって、私も思う」
少子化の進む田舎でも、悲壮感がないのはそのおかげだろう。誰もが今を、なんとか変えようとしている。
テントの中に荷物を置いて、貴重品をショルダーバッグに入れる。
「とりあえず、散歩でもしてみるか」
「うん。ちょっと待ってて、すぐ行くから」
「ゆっくりでいいぞ」
さすがに八月のど真ん中なだけあって、日差しが厳しい。熱中症が心配だから、自販機で飲み物を買ってから行こう。
スマホでキャンプ場の地図を見れば、森の中に遊歩道があって、遊べる川も途中にあるらしい。そこで軽く時間を潰して、夕方からのんびりバーベキューでもすればいいか。
…………そういえば、ナチュラルにテント一個しかなくね?
俺ら、今晩はこの中で寝るの?
いや、ちょっと前まではそれが普通みたいな感じだったんですけど。今は様子が違うというか、でも今になって言い出しても違和感エグいもんな。
――好かれている。兄としてではなく、家族という意味でもなく。もっと別の意味で。
その可能性が頭をよぎると、やはり落ち着かないものがある。
悠羽が外に出てくる。腕組みしてテントを睨んでいた俺を見て、不思議そうにする。
「どうしたの?」
「なんでも……ない」
「なんでもなくないときじゃん」
「俺が嘘をついてるように見えるのか」
「六郎は嘘をついてるようにしか見えないよ」
ごもっともである。だがまだバレたわけではないので、咳払いで話題転換。お茶を濁すのも得意分野だ。全日本お茶濁し選手権なら、茶道家にも負けない自信がある。
「いいから行くぞ。はいはい、靴履いて、ほら、早く早く」
「いきなり急かすのやだー!」
速い手拍子をしながら、強引に行動のリズムをあげさせる。もろに影響を受けた悠羽は、慌てて靴を履くのも苦労している様子だ。
「遅い遅い遅い。もう日が暮れるって」
「やばこの人!」
「やばって言うんじゃねえよ」
「六郎やばー! やばすぎ! 優しさなさすぎ!」
「うるせえなぁ」
「はぁあ? うるせえって、そっちから吹っかけてきたじゃん。そもそも……あれ? なんの話してたんだっけ」
いい具合に頭がぐちゃぐちゃになったらしい。そのタイミングを見計らって、歩きだす。
「いいから行くぞー」
「ちょっと、ああもう!」
靴を履き終えた悠羽が小走りで横に並ぶ。すぐ隣から、上目遣いで睨んでくる。口角を持ち上げてほくそ笑むと、「むぐぐっ」と怒りに震えていた。
まあまだ、俺の方が一枚上手だよな。
◆
緑の光が落ちる林道を、二人は並んで歩く。
風の音とセミの鳴き声、鳥の鳴き声に、なにかの生き物が葉を揺らす音。遠くからは、子供たちの大きな笑い声。
静寂とはほど遠いのに、静けさという言葉がよく似合う場だ。見渡す限りすべてが木に覆い尽くされ、外界から隔絶されたような気分になる。
なにかの鳥が鳴いて、六郎が呟く。
「今鳴き声、なにかわかるか」
「え、知らない。六郎はわかるの」
「いや、俺もわからん」
「じゃあなんで言ったの……」
不思議がる悠羽を見もせずに、六郎は淡々と歩き続ける。その横顔が、いつもよりやや固い。
(緊張、じゃないよね)
まさか彼に限って、悠羽と歩くことに緊張したりはしないだろう。おおかた、話題を探すのが面倒だったのだろう。表情が固く見えるのは、昨日の疲れが抜けきっていないからだ。
もうしばらく歩いたところで、不意に青年が呟く。
「森だな」
「森だね」
それで会話が終わった。
ぱちぱちと瞬きして、悠羽は内心で混乱する。
(……それだけ!?)
また少し歩いたところで、
「暑いな」
「うん」
と、二人で六音のやり取りがあった。そしてまた歩く。
かつてないほど断続的に行われるコミュニケーションに、悠羽は激しく混乱していた。
「えっと……六郎?」
「ん」
「無理に喋ろうとしなくてもいいんだよ」
「別に、無理して喋ろうとはしてねえよ」
「そう?」
無愛想に答えて、六郎は頷く。そういう反応するのは、不機嫌だからではなく、なにかに困っているからだと悠羽は知っている。
「もしかして、今日他にやりたいことあった?」
「いや。なんも予定なかったぞ」
「そっか」
「おう」
よくわからないので、手にしたポーチで六郎の腕を小突く。
「どうした」
「どーもしてないよーだ」
「なんだそれ」
「六郎が変だから、私も変なことするんだ」
首を傾げる青年に、少女はにっと笑いかける。どうすればいいかわらかないなら、笑ってしまえばいい。そうすれば悪い方には転がらないことを、彼女は知っていた。
短く息を吐いて、六郎は諦めたように笑う。
「変なやつ」
「六郎だけには言われたくないですぅー」
「へいへい」
ただ普通にいられればいいのだ。
昔からそうであるように、今も、この先も。このままの二人でいられればいい。
そんなことはできないと、悠羽だってとっくに知っているけれど。
今日まだ更新したいデス……




