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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
3章 嘘つきと蛇の物語
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56話 このままでいられれば

 キャンプ場について受付を済ませ、設営されたテントまで案内してもらう。

 キャンプブームで興味を持ったカジュアル層を取り込むため、最近はより快適に過ごせるよう工夫しているらしい。面倒なことはすべて、スタッフさんがやってくれた。


「自然剥き出しだけじゃあ、いまどきの子たちには厳しいですから」


 その言葉通り、施設内には売店や数棟のコテージもある。自然の中で、触れあわずに癒やされるという選択肢を取りたい人は多いらしい。

 結局のところ、趣味というのはカジュアル層が一番多いのだ。玄人向けにするより、ハードルを下げた方が上手くいくのは必然と言える。


 森を切り開いてできたキャンプ場では、子供たちが大勢駆け回っていた。大人が数名で相手をしているところを見るに、なにかのクラブだろう。


「けっこう人気なんだね」

「な。こんなにちゃんとしたとこだとは思わなかった」


 前に来たときは、ちらっと話題に上がるだけの場所だった。それが今では、立派なホームページまで作って盛り上げている。


「結局、子供が考えるようなことは大人も考えてるんだよな」

「なんのこと?」


「村おこしのこと。危機感も愛着も、ずっと住んでる大人のほうがあるだろ。だから、頑張ってるのは加苅たちだけじゃないんだよなって」

「そうだね。皆で頑張ってるって、私も思う」


 少子化の進む田舎でも、悲壮感がないのはそのおかげだろう。誰もが今を、なんとか変えようとしている。

 テントの中に荷物を置いて、貴重品をショルダーバッグに入れる。


「とりあえず、散歩でもしてみるか」

「うん。ちょっと待ってて、すぐ行くから」


「ゆっくりでいいぞ」


 さすがに八月のど真ん中なだけあって、日差しが厳しい。熱中症が心配だから、自販機で飲み物を買ってから行こう。

 スマホでキャンプ場の地図を見れば、森の中に遊歩道があって、遊べる川も途中にあるらしい。そこで軽く時間を潰して、夕方からのんびりバーベキューでもすればいいか。


 …………そういえば、ナチュラルにテント一個しかなくね?

 俺ら、今晩はこの中で寝るの?


 いや、ちょっと前まではそれが普通みたいな感じだったんですけど。今は様子が違うというか、でも今になって言い出しても違和感エグいもんな。


 ――好かれている。兄としてではなく、家族という意味でもなく。もっと別の意味で。

 その可能性が頭をよぎると、やはり落ち着かないものがある。


 悠羽が外に出てくる。腕組みしてテントを睨んでいた俺を見て、不思議そうにする。


「どうしたの?」

「なんでも……ない」


「なんでもなくないときじゃん」

「俺が嘘をついてるように見えるのか」


「六郎は嘘をついてるようにしか見えないよ」


 ごもっともである。だがまだバレたわけではないので、咳払いで話題転換。お茶を濁すのも得意分野だ。全日本お茶濁し選手権なら、茶道家にも負けない自信がある。


「いいから行くぞ。はいはい、靴履いて、ほら、早く早く」

「いきなり急かすのやだー!」


 速い手拍子をしながら、強引に行動のリズムをあげさせる。もろに影響を受けた悠羽は、慌てて靴を履くのも苦労している様子だ。


「遅い遅い遅い。もう日が暮れるって」

「やばこの人!」


「やばって言うんじゃねえよ」

「六郎やばー! やばすぎ! 優しさなさすぎ!」


「うるせえなぁ」

「はぁあ? うるせえって、そっちから吹っかけてきたじゃん。そもそも……あれ? なんの話してたんだっけ」


 いい具合に頭がぐちゃぐちゃになったらしい。そのタイミングを見計らって、歩きだす。


「いいから行くぞー」

「ちょっと、ああもう!」


 靴を履き終えた悠羽が小走りで横に並ぶ。すぐ隣から、上目遣いで睨んでくる。口角を持ち上げてほくそ笑むと、「むぐぐっ」と怒りに震えていた。

 まあまだ、俺の方が一枚上手だよな。







 緑の光が落ちる林道を、二人は並んで歩く。


 風の音とセミの鳴き声、鳥の鳴き声に、なにかの生き物が葉を揺らす音。遠くからは、子供たちの大きな笑い声。

 静寂とはほど遠いのに、静けさという言葉がよく似合う場だ。見渡す限りすべてが木に覆い尽くされ、外界から隔絶されたような気分になる。


 なにかの鳥が鳴いて、六郎が呟く。


「今鳴き声、なにかわかるか」

「え、知らない。六郎はわかるの」


「いや、俺もわからん」

「じゃあなんで言ったの……」


 不思議がる悠羽を見もせずに、六郎は淡々と歩き続ける。その横顔が、いつもよりやや固い。


(緊張、じゃないよね)


 まさか彼に限って、悠羽と歩くことに緊張したりはしないだろう。おおかた、話題を探すのが面倒だったのだろう。表情が固く見えるのは、昨日の疲れが抜けきっていないからだ。


 もうしばらく歩いたところで、不意に青年が呟く。


「森だな」

「森だね」


 それで会話が終わった。

 ぱちぱちと瞬きして、悠羽は内心で混乱する。


(……それだけ!?)


 また少し歩いたところで、


「暑いな」

「うん」


 と、二人で六音のやり取りがあった。そしてまた歩く。

 かつてないほど断続的に行われるコミュニケーションに、悠羽は激しく混乱していた。


「えっと……六郎?」

「ん」


「無理に喋ろうとしなくてもいいんだよ」

「別に、無理して喋ろうとはしてねえよ」


「そう?」


 無愛想に答えて、六郎は頷く。そういう反応するのは、不機嫌だからではなく、なにかに困っているからだと悠羽は知っている。


「もしかして、今日他にやりたいことあった?」

「いや。なんも予定なかったぞ」


「そっか」

「おう」


 よくわからないので、手にしたポーチで六郎の腕を小突く。


「どうした」

「どーもしてないよーだ」


「なんだそれ」

「六郎が変だから、私も変なことするんだ」


 首を傾げる青年に、少女はにっと笑いかける。どうすればいいかわらかないなら、笑ってしまえばいい。そうすれば悪い方には転がらないことを、彼女は知っていた。


 短く息を吐いて、六郎は諦めたように笑う。


「変なやつ」

「六郎だけには言われたくないですぅー」


「へいへい」


 ただ普通にいられればいいのだ。

 昔からそうであるように、今も、この先も。このままの二人でいられればいい。


 そんなことはできないと、悠羽だってとっくに知っているけれど。

今日まだ更新したいデス……

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ああああああじれじれするぅ!
[一言] 出来なくはない、のだけれど。 やっぱりそうやって自分をだますのだなあ。
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